表紙
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「パルタ。そんなことしていいと思ってるの? 君はとんでもないことをしてるんだよ」

 

 唇が震える。それでもパルタは挑戦的に笑った。

 

「剣技と違って、カンは鋭いと見える。ええ、その通りです。貴女の大切なマルセル王子の身柄は、オレたちが確保しています」
「パルタ!」

 

 怒りとともに、リネットは剣を抜き放っていた。渾身の一閃はだが、パルタの剣によって妨げられた。
 間近に、パルタ・ジークの双眸がある。暗い愉悦に満ちたそれを睨み付けて、リネットは剣を弾いて後退した。
 緊張が高まる中、村人たちは明らかに動揺していた。

 

「お、おいパルタ。王子様を拘束したって本当か?」
「もしかしてさっき捕まえたあのやたら綺麗な小僧か」
「そんなこと聞いてないぞ。さすがにまずいんじゃあ――」

 

 だがパルタは意に介さない。挑発的な笑みはそのままに、リネットを見つめている。
 背後のヒルトが、リネットに警告した。

 

「まだ精霊を森に返したわけじゃない。むやみに戦うな。痛い目を見るぞ」
「ダメですヒルトさん。許せない」

 

 リネットはさらに地面を蹴り、剣を振る。だがパルタには通用しない。あっさりと弾かれて、回し蹴りを脇腹に叩き込まれた。衝撃に目の前が暗くなり、気づいたら地面に倒れ伏していた。
 パルタの嘲笑が降ってくる。

 

「口ばかりの第一騎士だな。情けない」

 

 腕に力をこめ、上体を起こす。傷だらけの手で剣を握り直し、それを杖がわりにしてヨロヨロと立ち上がる。
 負けられない。
 強く、思う。マルセルを思う。守らなくてはならないのに、気づけばいつも守られていた。冷たい態度も、厳しい言葉も、リネットを決して傷つけなかった。その奥にあるものを、リネットはちゃんと、知っていたから。
 その瞬間、身体が羽のように軽くなった。動ける――そう意識した直後、リネットはもう一度地面を蹴った。目を見開くパルタを視界にとらえ、剣を一閃させる。
 手ごたえがあった。
 勢いのままリネットは片手を地面についた。先ほどの羽のような軽さは、もうない。あの力はいったい何だったのか。

 

「くそっ……なんだ、いきなり」

 

 パルタは血の流れる頬を忌々しく拭った。嘲笑が消え、怒りに支配された双眸がリネットを突き刺す。ゆっくりと、剣が構えられた。
 来る――。リネットは渾身の力で立ち上がる。鉛のようになった体で剣を持ち上げた。
 この体では恐らく、次の攻撃を避けることはできないだろう。けれど負けられない。例え刺し違えてでもパルタを倒せば、後は平民ばかりだ。ヒルトに頼んで、マルセルだけでも救出してもらえばいい。
 息を長く吐き、覚悟を決めて、まっすぐにパルタを見据える。
 その時、風が吹いた。
 後ろから。

 

「おまえはいつも、僕の言うことを聞かないな」

 

 闇に沈みゆく森の中で、金糸の髪が風に流れた。
 ザリ、と土を踏みしめて、マルセルはリネットを通り過ぎ、パルタ・ジークと対峙する。冷えた翠玉が彼を静かに見据えていた。
 パルタは絶句していた。後ろに控える村人たちも言葉を失い、ただ、作りもののように美しい少年を見ていた。繊細な蝶の羽ばたきすら、聴こえてしまうような静けさがある。
 幻想のようだ。
 薄い唇の端をゆっくりと持ち上げて、マルセル・イリヤ・サウスヴァールは告げる。

 

「私の騎士が失礼をした。後ほど罰を受けさせよう。軍人が王国民に刃を向けるなど、あってはならぬことだ。それを重々承知の上で行動したのだろうな。――パルタ・ジーク小隊長」

 

 パルタは息を飲み、後ずさる。年下の――だが氷のような存在感を誇る少年に、圧倒されていた。

 

「小隊長とあろうものが、自国の騎士に刃を向けた罪は重い。理由如何(いかん)によっては情状酌量の余地はあるが、村の事情を鑑(かんが)みても、リネット・エオウィンへの攻撃は完全なる私怨だと判断する。よって、この場に居合わせた私が裁を下そう」
「お、王子、これはその――領主が――税が」

 

 やっと声を出したパルタだが、マルセルはすでに剣を抜き放っていた。いや、正確には剣を『サヤごと』引き抜いたわけであるが、どちらにしろ次の瞬間、パルタの脇腹にはマルセルのサヤがめりこんでいた。

 

「僕は王国民に刃を向けない。出自に感謝するんだな。でなければおまえを殺していた」

 

 ゆっくりと倒れ込むパルタの耳朶に、彼にだけ聞こえるように、マルセルは低く告げた。ハイ、かんしゃします……と答えつつ、パルタは地面にバタンと転がった。完全に目を回している。
 マルセルは短く息をついて、剣を腰に戻した。
 村人は完全に固まっている。

 

「……マルセルさま」

 

 そんな中、ぽつりとリネットが、小さく呼んだ。

 

 

 

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