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1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 [22]  23 fin. 後日談

 

 無事だった。
 揺らぐ視界の中で、リネットはひたすら、美しい金の髪を見つめていた。
 無事どころか、捕えられていたはずなのに、堂々と剣を持ち歩いて、パルタを脅して、叩きのめしている。その双眸はどこまでも冷たくて、完全にいつも通りのマルセル王子だった。

 

「……マルセルさま」
「このような小物に負けるとは、情けないぞリネット」

 

 ゆっくりとこちらを振り返る双眸は、冷徹そのものだ。リネットは今度こそ、涙を抑えることができなかった。

 

「マルセルさま、ご無事でよかった……!」
「なっ……おい、やめろ離れろ」

 

 思わず抱き付いてしまったのだが、引きはがされた。けれど間近でマルセルを見上げることができて、リネットの胸は幸せでいっぱいだ。

 

「とってもとっても、心配していたんです。マルセルさまが捕まったって聞いて、まさかあのマルセルさまがたかが小隊長ごときにかどわかされるなんて信じられないと思いつつ、マルセルさまってああ見えて意外におっちょこちょいなところがあるから、お菓子につられたとかそんな理由であっさり捕まっちゃったんじゃないかって思って、心が張り裂けそうなほど、リネットは心配しておりました……!」
「誰がお菓子につられるんだ、おまえと一緒にするな」

 

 極寒の瞳すら、懐かしくて嬉しい。リネットは感激していた。

 

「捕まったのはワザとだ。彼らの目的と、アジトが知りたかった。縄抜けには自信があったしな。まあ、本当に気絶させられたのは計算外だったが……その点では僕もまだ未熟ではある」
「そうですね、ちゃんとしてください。でないとわたし、心配しすぎて死んじゃいます」

 

 マルセルはリネットを無視して、ヒルトに視線を投げた。リネットもつられて見ると、彼は苦笑いのような、微妙な表情を浮かべてこちらを眺めている。
 マルセルが言った。

 

「巻き込んで申し訳ない。ここまで来てくれたことに礼を言う。だがヒルト、おまえは最後まで見事に傍観者だったな」
「いえ。お気に障ったのであれば謝ります。ただオレには少々計算がありました」
「計算?」

 

 マルセルが眉を寄せた。実に不快そうだ。ヒルトは平然とした表情で答える。

 

「リネットの中の精霊が動く気配を感じました。精霊はどうしてかリネットを気に入ったようで、彼女を助けるために力を放ったのです。それを悟り、わたしは手を出しませんでした。精霊とリネットが力を合わせることによって、精霊送りがよりスムーズに進むからです。もちろんギリギリで助けるつもりではいました。でも王子の気配を感じていたので、もう少し見守ろうかな、と」
「なるほど、合理的だな」
「王子は非常に合理的に物事を進めるお方だとお聞きしましたが、違うのですか? ――ああ、そうか」

 

 ヒルトがにやりと笑う。

 

「王子は、ご自身の騎士の周辺事由のみ、合理より感情をお選びになるのですね」
「……。常に現状を把握して最も効率のいいやり方を選んでいるだけだ」
「そうですか、ご立派です。実はここに来る前に、リネットに一緒に住まないかと告白したのです」
「……」
「しかし王子が現れた先ほどの瞬間、フラれたなと悟りました。彼女は実に分かりやすい。そして王子も非常に分かりやすい方なので、サッパリとあきらめがつきました。リネットが蹴られているとき、よく我慢しましたね。こちらまで斬られるかと思うほどの殺気が恐ろしかったですよ」
「……。言いたいことはそれだけか」

 

 マルセルが触れれば切れそうなほど殺気立っている。だがヒルトは笑みを納めない。逆に面白がっているようだ。

 

「初めてお会いした時から、王子は私のことを殺気をこめてを見ていらっしゃった。まあ、最初にリネットに冷たいことを言った私も悪いのですが――。しかしもう少し肩の力を抜かれたらいかがですか。誰もあなたの騎士を取り上げるようなことはしない」
「黙れ。一介の悪魔祓いの妄想に付き合うほど、私はヒマではない」
「あっ、そっか!」

 

 リネットはヒルトの言葉の意味をずっと考えていたが、今やっとわかった。

 

「だからあの時、身体が羽みたいに軽くなったんだね。マルセルさま、わたしすごかったんですよ。ついにエオウィン家の血が目覚めた! って思ったんです。でもそのあとすぐに力が抜けちゃって……。エオウィンの特性じゃなくて、わたしの中の精霊の力だったみたいです。残念だな。でも精霊さん、ありがとう」
「おまえはもう少し、空気を読め」

 

 冷静にマルセルは突っ込む。ヒルトは苦笑した。場が和んだところで、おずおずと一人の年老いた村人が前に出た。震えながらも、パルタを庇う位置に立つ。

 

「あの……王子。このたびは非常に失礼なことを……。貴方様がまさか王子だとはつゆ知らず、とんだご無礼を。罰は村長であるこの私が受けますので、どうか村人たちは不問にお願いします」

 

 怯えながらも、深く頭を下げた。マルセルは一瞥し、告げる。

 

「我が国には法というものがある。おまえたちの処罰については司法の管轄だ。私が口を出すことではない」
「そ、そうですか……。それでは、わが村は……息子は」
「姉上ー! マルセルさまー! 領主のとこ行ってきましたよー!」

 

 のんきな声が投げ込まれた。見ると、妹のセシリア・エオウィンがズルズルと何かをひきずりながらやってくる。

 

「セシリア! おかえりなさい、早かったね。こっちはあらかた片付いたよ。ん? なに、その雑巾みたいなの」
「あ、これ? これは邸(やしき)の広間でオネーチャンはべらせて酒池肉林してたアホ領主です。雑巾の方がよっぽどいいですよ。重くないし使えるし。領主の奥さんからご子息たち、執事から馬丁に至るまで、満場一致でこいつを差し出してきましたよ。ちょっといつまで寝てるの」

 

 ペシ、とセシリアは雑巾……もとい領主のおでこをはたいた。だが完全に目を回している領主はのびたままだ。齢60になろうとしている老人に酷い仕打ちだが、彼はそれだけのことをした。
 マルセルはセシリアを労(ねぎら)った。

 

「よくやった。領主の身柄は私が引き受ける。司法は彼の所業も鑑みて、ユーディの村に裁を下すだろう。それが王国の法だ」
「王子、では……!」

 

 お葬式のようだった村人たちの表情に、わずかな光が差した。リネットは大満足の気分で、は沈みかけの太陽を見る。

 

「今夜は満月です。マルセルさま、お願いがあるんです。わたしと一緒に、精霊さんを見送ってください。今夜、森へ返します」

 

 

 

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