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 大臣が、お見合い話を持ってきた。
 僕は相手の情報を見るまでもなく、一蹴した。

 

 この王国の第一王子である自分の立場は、理解している。
 女王である姉上は、ご自身の第一騎士の毒牙にかかった。そのため王族の婚姻外交は他の兄弟に託されている。

 

 僕は兄弟の中で一番『使える』人材だと、自負している。
 そして婚姻は最大級のカードだということを理解している。
 だからこそ、慎重にならざるをえない。

 

 それが、他国の美しき姫君との婚姻に積極的でない理由だ。
 だから、それ以外の理由など、絶対に絶対に絶対にない。

 

「マルセルさま、おはようございます!」

 

 ノックより先に、扉が開かれた。
 彼女は何度言っても礼儀を覚えない。

 

「今日はとってもいい天気ですよ。午前中はフリーですよね。何をしますか? お弁当持ってピクニックはどうですか? 実はもう作ってきちゃったんです。じゃーん!」

 

 巨大なバスケットを、遠慮なく机に置く。
 マボガニー製の、美しく磨かれた机だ。
 僕は眉を寄せた。

 

「何度も言っているが、リネット。おまえはもう少し慎みを持て」
「やだなマルセルさま。お休みの日まで眉間にシワ寄せて、すぐおじいちゃんになっちゃいますよ」

 

 笑いながら、凶悪な細い指先が、僕の眉間をつついた。
 こんなことでは絶対に、表情を変えたりするものか。

 

「僕は行かない。午後から政務が目白押しだ。少しでも休んでおきたい」
「そうですか……。そうですよね、マルセルさまはいつもお忙しいから、こういう時に休んでおかないとだめですよね」

 

 そうだ、僕は忙しい。だからさっさと出ていってくれ。

 

「マルセルさまはゆっくりお休みください。わたしはピクニックに行ってきますね」

 

 バスケットを持ち上げて、リネットは部屋を出ていこうとする。
 今から行くって、一人でか?
 嫌な予感がした。

 

「待て。誰と行くんだ」
「あ、言ってなかったでしたっけ。今日ヒルトさんが来るんです。あの事件以降、都で悪魔祓いお仕事の依頼が増えたみたいで、ちょこちょこ来てるんですよ」
「それは知っている。ならおまえは、ヒルトと僕の三人でピクニックに行こうとしていたのか?」
「そうですよ。とっても楽しそうでしょう?」

 

 まったく楽しそうなイベントに思えない。
 確実に、暗雲がたちこめる行程になるだろう。

 

「それじゃあいってきますね」

 

 だがしかし、僕は自分の声を止められなかった。
 本当に、これだから、エオウィン家の騎士は嫌なんだ。

 

「待て。気が変わった。僕も行こう」

 

 リネットが花のような笑顔になったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

「おはようございます王子。本日は実にご機嫌がうるわしいようで何よりです」

 

 慇懃無礼な態度でヒルトが一礼する。
 漆黒の前髪の下で、切れ長の目に楽しげな色が浮かんでいる。
 気に入らないが、都の民を救う稀代の祓魔師を、王族としてねぎらわねばならない。

 

「頻繁に都を来訪していると聞いている。おまえの働きは素晴らしいものだ。王女も感謝の意をあらわしていた」
「もったいないお言葉です」
「もう今日の仕事は終わったのか」
「いえ、仕事は午後からですが、王都で入り用のものがあり早めに来ました。つい先ほどリネット嬢に会い、誘われたのです」
「ヒルトさん、お弁当はたくさんあるから、遠慮なく食べてくださいね! 妹も手伝ってくれたんですよ」

 

 手伝ったのはセシリア・エオウィンか。彼女はリネットを溺愛している。僕たちに向け、毒が混ざっている可能性も考慮に入れるべきだろう。
 ヒルトも分かっているのか、複雑な表情をしている。

 

「それじゃあ行きましょう! 南の丘に、カナの花がたくさん咲いてるんです」

 

 リネットは相変わらず、この雰囲気をまるで理解していない。

 

 

 

 

 丘は都の外にある。3人とも馬に乗った。
 近場なのだが帯剣した。数年前に苦い思いをしたことがある。それ以来、剣の稽古の時間を増やし、徹底的に己を鍛えた。今では王国の将軍にも引けを取らない。

 

「それで、兄上が言ったんです。『オレは姫以外の一切の事象に針の穴ほどの興味すら持ち合わせていません』って。それで父上が、怒るを通りこして泣いちゃって、母上に慰められてました。兄上ってほんとどうにもならないなーって思ったんです。マルセルさまはどう思います?」
「阿呆の一言だ」

 

 馬の揺れが心地よい。日差しもあたたかく、リネットの言うとおり散歩日和だと思う。
 丘の頂上に着いた。他に人はいないようだ。色とりどりの花がみごとに咲き誇っている。
 リネットとヒルトが敷物を広げ、バスケットの中身を取りだした。
 僕は馬を木につなぎ、たてがみを撫でた。馬に触れるのは好きだ。忙しさにささくれだった心が落ちつく。

 

「マルセルさま、準備できましたよ。食べましょう」
「……ああ。わかった」

 

 セシリアの顔を思い出しながら、敷物に腰をおろす。いくつもの弁当箱が広げてあった。ライ麦パンのサンドイッチやカモのロースト、揚げ豆のサラダ、林檎タルトなどだ。どれもおいしそうではある。
 しかしながら、じっと弁当箱の中身を観察し、変色や異臭がしていないかを確かめた。この中でもっとも危険なのは、リネットが絶対に食べない揚げ豆のサラダである。目を上げると、ヒルトも同じようにしていた。

 

「食糧庫からドライフルーツも持ってきたんです。マルセルさま、イチジクお好きですよね? はい、お食事前に一粒どうぞ」

 

 リネットがニコニコしながら僕の口の前にイチジクを持ってくる。彼女とは長い付き合いだ。僕は十分にわかっている。これは口を開けて「あーん」しろ、ということだ。
 目の前にあのヒルトがいるのに、である。ちなみにリネットは数か月前彼に「一緒に住まないか」と告白されている。なんという残酷な女だ。加えて羞恥心がなく、空気もまったくと言っていいほど読めない。剣も使えない。礼儀も知らない。なぜこのような女が、王族一の切れ者と称されるこの僕の第一騎士なんだ。

 

 僕はそのまま無視を決めこんだ。
 視界の端で、ヒルトの楽しそうな顔が見えた。

 

「マルセルさま、イチジク嫌いになっちゃったんですか? あいかわらず気まぐれだなぁ。好き嫌いはだめですよ」

 

 たまにリネットをこらしめてやりたいと思う時がある。
 ヒルトが言った。

 

「だがリネットも、好き嫌いはあるだろう。以前うちに滞在していた時、イチジクと豆をいつも残していたじゃないか」
「そ、そんなことないですよ。もうイチジクは克服したんです」

 

 リネットが焦り始める。
 僕はライ麦パンのサンドイッチを手に取った。これはリネットの大好物だから、毒は入っていないだろう。
 ――待てよ。

 

「だから食べられます。見ててくださいよ」

 

 イチジクを口にいれようとしたリネットの手首を、つかんだ。
 彼女の目がびっくりしたように丸くなる。
 そのまま引き寄せて、リネットが指先でつまんでいるイチジクを、口にふくんだ。

 

「ま、マルセルさま」

 

 彼女の細い指を口から引きぬいて、とりあえず安堵した。セシリアは絶対に、イチジクに毒を仕込んでいる。
 数時間後に壮絶な腹痛に襲われるだろうが、そんな中でも午後の政務を滞りなく終わらせる自信があった。そのために幼少時から鉄壁の意志をつちかってきたのだ。だがリネットであれば半泣きで医務室へ駆けこむのがせいぜいだろう。

 

「あの、マルセルさま」
「なんだ」

 

 水筒のお茶をのどに流しこむ。一息ついてリネットを見ると、耳まで赤くなっていた。

 

「どうした。体調でも悪いのか?」

 

 他の食材にも毒が仕込まれていたのだろうか。それをリネットが食べたというなら、早く城に戻って医師にみせなければならないだろう。
 ヒルトに視線を移すと、なぜか笑いをこらえているような表情をしている。

 

「わたし、ちょっと、兄上のお気持ちがわかったような気がします」
「あれを見本にしてどうする」
「ああどうしよう、マルセルさまがステキすぎてどうしようもないです」
「はあ?!」

 

 王族らしくない反応をしてしまった。
 リネットが、敷物に両手をついて、こちらににじりよってくる。

 

「わたしがイチジクを克服していないと分かって、代わりに食べてくださったんですよね。なんてお優しい方なんでしょう!」
「待て。距離が近い」
「マルセルさま、儀式をしましょう」
「なぜそうなる?!」

 

 訳が分からない。しかし、リネットの言動が意味不明なのは今に始まったことではない。

 

「こういうのは理屈じゃないんですよ」

 

 妙に説得力のある目つきで、リネットは言う。
 だが人の目のあるここでは、断じてアレをするわけにはいかない。
 じゃあ人目がなかったらどうなのかと言えば、そのあたりは考えないようにしている。
 ヒルトは満足そうに笑みを広げていた。

 

「いや、やはりお二人を見ていると飽きない。実に面白いですよ、王子」
「王族と騎士で遊ぶな」
「そうですよヒルトさん。こっちは真剣なんです。邪魔しないでください」

 

 せっかくのピクニックがもう、めちゃくちゃである。
 素知らぬ顔で咲き誇る花が憎らしかった。

 

 

 

 

 午後は予測どおり、壮絶な腹痛に襲われた。
 しかし僕は耐え抜いた。
 政務を最後まで乗りきった。
 医師から処方された薬を飲み、ベッドへ倒れこむ。心身ともに疲れ果てている。
 湯あみはもうすませた。あとはゆっくり眠るだけだ。

 

「マルセルさま、大丈夫ですか?」

 

 またしてもノックの前に扉が開かれた。
 思わずため息がもれる。ベッドから起き上がる気力さえ残っていない。

 

「もう真夜中だぞ。こんな時間に男の部屋に入るものじゃないと、何度も教えただろう」
「でもわたし、心配で」

 

 足音が近づいてくる。

 

「本当に顔色がお悪いです。やっぱりピクニックなんて、行っちゃダメですね。お疲れだったのに、お誘いしてしまってごめんなさい」
「べつにおまえのせいではない」

 

 おまえの妹が極悪なだけだ。

 

「わたしの元気を、マルセルさまにお渡しすることができればいいのに。いつも儀式でわたしが頂いてばかりで、お返しすることができないのが心苦しいです」
「そうか」

 

 医師の薬には、よく眠れるように微量の睡眠薬がふくまれていると聞いた。
 そのせいか、ひどく頭がぼうっとする。

 

「のどが渇きませんか? 白湯をお持ちしましょうか」
「そうだな。――喉が乾いた」

 

 手をのばし、リネットの手首をつかむ。昼間と同じく、細い手首だ。

 

「えっ――」

 

 そのまま引き寄せると簡単に倒れこんできた。両手首をつかんでくるりと体を反転する。あっけなく、リネットの体は僕の下でベッドに沈みこんだ。

 

「ま、マルセルさま」
「おまえの元気とやらを、僕にくれるんだろう?」

 

 するりとした髪をなでる。
 おかしい。頭にもやがかかったようで、自分が遠くにいる。
 リネットはびっくりしたような顔をしてこちらを見上げている。
 この、丸くて大きな目と、ふっくらした頬は、どうしてこんなに可愛いのだろう。
 本当に、もう嫌だ。

 

 リネットの首もとにまとわりつく髪をかきあげて、顔をそこにうずめた。昼間の花の香りがする。花と、太陽の香りだ。唇を肌に押しあてると、リネットの体がこわばった。
 このような華奢な体で、よくも僕を守ろうなどと思えるものだ。
 リネットは第一騎士になるべきではない。
 どこぞの武門に嫁ぎ、平穏な母親になって、しあわせに暮らすのがぴったりだ。

 

 けれど、抗いがたい熱源が体内にある。ただこうしているだけで、心地よくて何もかもがどうでもよくなる。
 首すじから離れ、そのまま肌を辿って彼女の唇に触れようとした時――リネットが震えていることに気づく。
 その時、尋常ではない罪悪感が全身にひろがった。
 僕は重たい体を起こして、彼女を解放した。

 

「もう――出ていってくれ」

 

 限界だ。
 これ以上リネットを第一騎士としてそばに置いておくことはできない。
 僕は姉上とは違う。
 王族としての、自覚と覚悟がちゃんとある。
 いつか他国の姫を妻として迎えるだろう。
 だから僕がリネットに傷をつけることは、絶対にゆるされない。

 

「マルセルさま」

 

 だがリネットは、いつものように笑みのふくんだ甘い声で僕を呼ぶ。

 

「リネットは、元気をマルセルさまにお渡しできましたか?」

 

 ――だから嫌なんだ。
 僕が必死で築いてきた覚悟を、笑顔ひとつで突き崩してくるんだ。

 

「……こんなことで、元気になれるはずがないだろう」
「そうですよね」

 

 酷いことを口にしている。彼女の顔を見られない。

 

「じゃあまた明日、元気が出るようなお弁当を作ってきます!」
「――え?」

 

 僕は腑抜けた声を出した。

 

「何だって?」
「マルセルさまが元気になるように、栄養たっぷりで消化のいいお弁当を作ってきますね。明日のお昼に一緒に食べましょう。もちろんピクニックではなく、このお部屋で。それでゆっくり休んだら、きっと元気になりますよ」

 

 ……リネットはどこまで僕のことを分かっているのだろう。
 きっと何も分かっていない。
 もし分かっていたら、僕の前から逃げ出すはずだ。

 

 そう、いつか、彼女の方から姿を消す。
 僕はその時をただ、待っている。
 男なら自分から突き放すべきだ。それをしない自分に反吐が出る。

 

 

 

 

 次の日の朝も、大臣がお見合いを持ってきた。
 上質な紙につつまれて、見も知らぬ姫が机の上に乗っている。
 1枚だけめくった。
 美しく描かれた微笑みが僕を見ていた。

 

 ――けれど、まだ。
 もう少しだけ。

 

 

fin.

 

 

 

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