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 ――ロゼッタ・ベルが憎い。

 

 仄黒(ほのぐろ)い小瓶を、エリオから受け取る。
 魔女ビビ・プライムは、軽くゆらして中身を確かめた。
 細砂(ほそすな)のような粉末が入っている。

 

 どうして自分が、魔女だったのか。

 

 7日おきに祈る。気力を尽くして、祈る。
 国のため、民のために。
 それなのに、忌まわしき存在と蔑まれる。
 同じことをしている聖女は、みなから慕われ尊ばれるというのに。

 

「ビアンカ」

 

 影のように、侍女は近づいてきた。

 

「これをロゼッタの飲み物に。シャニをどこかに閉じこめて、彼女のふりをするのよ。そうすれば、できるでしょう?」

 

 彼女の面に影がさす。
 だがそれは一瞬でかき消えた。

 

 忠実な侍女は、主命に否を唱えることはできない。

 

 

 

「どうしてこんなことに――ロゼッタ」

 

 『救聖の騎士』ルカ・フリッカーは、聖女の手を握りこみ、自身のひたいに押しつけた。

 

 ロゼッタはベッドに横たわり、蒼白な面をさらしている。
 眉は苦しげに歪み、呼気は浅かった。

 

「冶葛(やかつ)の根毒(ねどく)ですな」

 

 老医師は沈痛にいう。

 

「このままですと、夜までもつかどうか」
「お可哀想に、ロゼッタ」

 

 ビビは涙を流してみせた。
 その肩を、エリオが支えている。

 

「治す方法はないのですか」

 

 白騎士副団長メルヴィン・ロットが追いすがるように問う。
 老医師はうなずいた。

 

「あるにはありますが、希少な植物を採取しなければなりません。白蓮草(はくれんそう)といって、アルノー山に生えているといわれているのですが……」

 

「すぐに探しに行くぞ。両騎士団総力を挙げて」

 

 白騎士団長チェスター・ロットの言葉に、全員が頷いた。
 ビアンカだけが、壁際でうつむき続けている。

 

 

 

 

 ゆっくりと、眠りから浮上した。
 天蓋のビロードがぼんやりと視界に映る。

 

 あー……。夢かぁ。
 胸糞な夢を見てしまった。

 

 あたしはふとんのなかに縮こまってから、伸びをした。

 

「おはようございます、ビビ様。もう起きていらしたなんて珍しいですね」

 

 ビアンカだ。
 1コ下の、忠実な侍女である。まっすぐの髪を肩の上で切り揃えた美少女だ。

 

 あたしが寝起きしている場所を、『裏殿(りでん)』という。
 裏殿には、『魔女狩りの騎士』エリオと、黒騎士団長・副団長の2名、そしてこの子ビアンカが住んでいる。

 

 イヤな夢見ちゃったな。
 早くビアンカお手製の朝ごはんを食べよう。

 

 

 

 

 ゲームでは、毒を治す薬草を攻略対象のいずれかが発見し、聖女ロゼッタは一命をとりとめる。

 

 また、クローゼットに閉じこめられていたシャニが救出され、彼女の証言によって今回のことがビビの首謀であると露見してしまう。

 

 問い詰められたビビは、あろうことかビアンカに罪をなすりつける。
 いわゆる政治家のアレだ。「秘書が勝手にやったことだ。ワシは関知しておらん」

 

 エリオがビビの主張を追認し、ビアンカが罪を自白。
 罪状は確定され、罪人はむち打ちの刑に処され、投獄された。

 

 まさに胸糞展開。
 悪役令嬢及び騎士の面目躍如である。

 

 ところで、薬草の発見はかなり重要なフラグなんだよね。

 

 発見者にはスチルが用意されているし、好感度もぐんと上がる。
 ついでに発見を助けた攻略対象の好感度も上がる。

 

 ここのフラグは、ボッキリとへし折らなくちゃ。

 

「今日は団長・副団長両名、それに『魔女狩りの騎士』殿も裏殿(りでん)にいらっしゃいます。どなたをお召しになりますか?」

 

「ヴェルマー様で!」

 

 即答です。もはや選択肢ですらありません。

 

 2推しのスパルタ眼鏡ヴェルマー・ウィングラム様。
 黒騎士団、つまり魔女の騎士団の団長だ。

 

「かしこまりました。では朝食後にお呼びします」

 

 

 

 

 朝食を食べ終えて、ソワソワと身支度を整えた。

 

 あーヴェルマー様となにしよう。
 図書館で修辞学やら幾何学やらワケわかんないのを教えてもらってスパルタ三昧でもいいし、ランチにいってテキトーな食事作法を厳しく叱責されるのもいいし、ああ迷っちゃうなー!

 

「ビビ様、よだれ」

 

 ビアンカがツッコんだ。

 

 とにもかくにも、あたしがここまでのんきにしているのにはワケがある。

 

 さきほど説明したように、毒盛りイベントはあたしが動かなければけっして発生しない。

 

 だからいまは、こうしてヴェルマー様やルカ様をひたすら鑑賞して過ごすのが正解なのだ。

 

「ねービアンカー。図書館とランチ、どっちがいいと思う?」

 

「ランチのほうが、よだれが垂れた時のいいわけに困らないかと」

 

「あたしが食い意地張ってるみたいじゃん!」

 

「男方面の食い意地がバレるより遥かにマシです」

 

 歯に衣着せぬ侍女である。
 カワイイ顔してこのヤロウ。

 

「では、ヴェルマー様をお呼びしてきます」

 

 ビアンカは部屋を出ていった。

 

 魔女はそうでもないけど、聖女サイドにとって、毎朝のお供選びは重要である。

 

 選べば選んだだけ、そのキャラの好感度が上がるからだ。
 行き先も重要で、時期によって固定イベントが起こったりもする。

 

 聞くところによると、ロゼッタはまんべんなくローテーションを回しているらしい。
 偏りがまったくない。これでは逆ハーエンドへ一直線だ。

 

 もしかしたら、逆ハーを目指すのはヒロインの本能なのかもしれない。

 

 しかしそれも、毒盛りイベントを起こさなければ無問題なのである。
 逆ハーエンド回避、大成功まちがいなし!

 

 余裕ぶっこいてベッドをゴロゴロしていると、唐突に扉が開かれた。
 げっ、この角度、パンツ丸見え。

 

「緊急事態だ、ビビ!」

 

 ギャアァ、ヴェルマー様!!

 

「あっ、イエ、ぱ、ぱんつ」

 

「聖殿へ行くぞ。ロゼッタが倒れた!」

 

「ぱんつが――、って、ええっ?」

 

 ざっと血の気が引いた。
 このタイミングで聖女が倒れたってことは、まさか。

 

「毒を盛られた可能性がある。貴様もこれ以降、なにも口にするなよ!」

 

 ああ、ヴェルマー様があたしを心配してくださっている……。

 

 じゃなーくーてー!
 毒? いま、毒っていった?!

 

 もしかして毒盛りイベント、始まっちゃってる?!

 

 あたしやってないよ。やらかしてくれちゃったのは一体誰だー!!

 

 

 

 

「おまえがやったんだろう!」

 

 ハイ、出た出た。
 勘ちがいも甚だしいチェスター・ロット団長サマの激昂である。

 

 姓からわかるように、彼はエリオの弟だ。
 エリオによく似た顔立ちだが、若干イケメン度で劣る。永遠の二番手、悲しき次男坊である。

 

 こいつは18歳のクセに、遅れてきた反抗期の真っただ中にいる。
 全方位敵だらけ、という態度なのに兄弟とロゼッタにだけはデレる。

 

 彼のファンははそこに萌えるらしい。
 ただしあたしの好みではない。

 

「おまえだ! おまえに決まってる!」

 

 あーうるさい。誰だよこの単細胞を白騎士団長にしたのは。
 あんたか、ロゼッタ。

 

 ロゼッタはベッドの上に力なく横たわっている。
 侍女のシャニが必死に汗をぬぐっていた。

 

 今朝見た夢とまったく同じだ。
 ただ現実は生々しい。唇は乾き、せわしなく胸が上下している。

 

 夜のあいだにロゼッタ専用の水差しに毒が仕込まれていたらしい。
 ゲームとすこしちがうな。
 多少の差異はいままでもチョコチョコあったから気にならない。

 

 ルカ様が眉を寄せつつ、いった。

 

「証拠がない。うかつな言葉は控えたほうがいいよ、チェスター」

 

 キャアァ庇ってくださった。
 永遠の1推しにしてキラキラの正ヒーロー、ルカ・フリッカー様である。

 

 しかしながら、本気でハァハァいってるロゼッタをまえにすると、そっちが気になって萌えも激減する。
 ものすごく苦しそうだな……。

 

「けれどルカ、聖殿に出入り出来る人間は限られているんだぞ。各団長・副団長4名、『狩救の騎士』に侍女2名、そして魔女だ。だれが一番怪しいか論じるまでもない」

 

 聖殿と裏殿は、神儀殿を挟んで1本の回廊でつながっている。
 見張りを立てていないので、出入りは容易だ。

 

 毒を盛ったのが夜なら、アリバイも立証できない。

 

「だからオレはまえから見張りと夜回りを立てろといっていたんだ」

 

「あたしじゃないよ。動機がないもん」

 

「嘘をつくな。聖女に嫉妬していたに決まってる」

 

「そのステレオタイプな考えかた鬱陶しいからやめて」

 

「すて、なんだって?」

 

 白騎士副団長メルヴィン・ロットが口を挟んだ。

 

「いまは犯人を見つけるより先に、ロゼッタを治す方法を考えるのが先なんじゃないかな」

 

「うん、そのとおりだよ」

 

 黒騎士副団長ルーク・バレットがうなずく。
 この副団長コンビは人間ができているから安心だ。

 

 ヴェルマー様が、ベッド脇の老医師に目を向けた。

 

「先生。ロゼッタの容体は」

 

 老医師は難しい顔をしながら、夢の中と同じ回答をよこした。

 

 つまり、アルノー山に自生する白蓮草(はくれんそう)を採ってこい、ということだ。

 

 そうなれば、あたしがすべきことはひとつである。

 

「あたしが行く」

 

 全員がびっくりした顔でコッチを見た。

 

「あたしには白蓮草の場所わかるの。えーと、そう、魔女の能力で。だからあたしが採りに行ってくる」

 

「ば、バカ! おまえは容疑者なんだぞ、そんな奴に任せられるか」

 

「じゃああんたは白蓮草がどこに生えてるかわかるわけ?」

 

「うっ、それは」

 

「では皆で行こう」

 

 ヴェルマー様が提案する。

 

 ヴェルマー様やルカ様と山歩き!
 飛びつきたいのは山々だけど、今回ばかりはダメだ。

 

 ちょっとしたきっかけで好感度がピコピコ上がるボーナスイベントなのだ。
 攻略対象をゾロゾロ連れ歩くわけにはいかない。

 

「あの山は魔獣が出る。オレも行くよ」

 

 それまで黙っていたエリオが、口をひらいた。
 うん、エリオなら攻略対象じゃないから大丈夫。

 

「オレも行かせてほしい」

 

 ルカ様が立ち上がる。まっすぐにあたしを見た。

 

 うう、断りたいのに、真摯な目で見つめられるとダメといえない。
 惚れた弱みか、正ヒーローの力か。

 

 かくして『狩救の騎士』2名とあたし、ついでにビアンカも一緒に、アルノー山へと出発した。

 

 

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