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 魔女の居住を裏殿りでん、聖女の居住を聖殿せいでんという。
 その真ん中に神儀殿しんぎでんがあり、あたしとロゼッタは7日ごとに祈りを捧げるのだ。

 

 薄衣うすぎぬと宝飾具を身に纏い、祭壇のまえに立つ。
 両手を組んで目をとじ、精神を集中する。

 

 灰色、鉛色なまりいろ鈍色にびいろ、黒。
 モノトーンのグラデーションが眼裏で波うつ。
 広がって、長くのびて、世界中に浸潤してゆく。

 

 背後でエリオ・ロットが跪いている。
 彼からもモノトーンの気脈が流れて、祈りを助けてくれている。

 

 ビアンカもいるはずなんだけど、壁と同化しているので気配すら感じとれない。恐ろしい子。

 

 やがて胸の奥でカチリとまる音がした。
 世界の気脈が無事、整ったのだ。
 わたしは息をつきつつ両手をほどく。

 

「お疲れさまー……」

 

 振りかえったとたん、眩暈がしてよろけた。
 エリオのたくましい腕に支えられる。

 

「大丈夫、ビビ?」

 

 エリオはたいてい、微笑している。
 一方あたしは「ああこれがルカ様かヴェルマー様だったら……」と不埒なことを考えていた。

 

「ありがとう、なんとか大丈夫。祈りのあとはいっつもこうだなぁ」
「気力を使い果たすんだから、当然だよ。歩けそう?」
「なんとか」

 

 ビアンカがショールを差しだし、エリオが肩にかけてくれる。
 重い体を引きずるようにして神儀の間を出ると、ロゼッタと白騎士が待機していた。次は彼女の番だ。

 

 ロゼッタがふわりと笑う。体調は完全に回復したようだ。

 

「お疲れさまでした、ビビ」
「うん、そっちもがんばってね」

 

 今日のお付きは白騎士団長のチェスター・ロットか。
 目が合うと、露骨にイヤな顔をされた。
 あーウザい。チェスターはあたしにいつもつっかかってくるのだ。鬱陶しいから早く帰ろう。

 

 しかし遅かった。
 すれちがいざま、舌打ちが耳を叩く。

 

「せっかくアニキも騎士団に入ったっつーのに、よりによって『魔女狩り』かよ。この性悪女のメンドー見なきゃならないなんて、ついてねーな」

 

 うーわームカつくー。
 しかし落ち着けあたし。大人になれ。こいつは反抗期なのだ。愛しの兄を魔女に獲られて淋しがっているだけなのだ。

 

 ロゼッタはオロオロしている。その後ろに、侍女のシャニが無表情で立っていた。
 あたしは平常心でチェスターを見る。

 

「聖女と魔女に貴賓はないよ。だから『魔女狩りの騎士』も大切なお役目でしょ」

 

 チェスターは鼻で笑った。
 ああ、ムカつく。

 

 しかし、チェスターがここまでひねくれたのには理由がある。
 斟酌すべき、鬱な過去だ。
 だからあたしはちょっとだけ彼に同情的だったりする。

 

 しかたない、許してやろう。
 きびすを返しかけると、またしてもチェスターがいった。

 

「聖女と魔女に貴賓はない? ああ、能力的にはそうだろうよ。けど内面はどうだ? ロゼッタは清廉だ。一方あんたは性根まで腐りきってる。兄貴が寝首かかれないか心配で夜も眠れねェ」
「……」

 

 ぷち、とこめかみの血管がキレた。

 

「いい加減にしろこの反抗期バカ!」

 

 きゃ、とロゼッタが身をすくめる。

 

「毎回ツンツンの集中砲火しやがって、感じ悪いんだよ! たまにはあたしにもデレてみろ! そうしたら1万分の1の確率で奇跡的にカワイイって思っちゃうかもしれないから!」
「なっ……」

 

 チェスターは絶句した。
 あたしの後ろで、クックッと笑い声が上がる。

 

「ビビ、君っておもしろい子だね」
「あ、アニキ」

 

 エリオは肩をすくめた。

 

「それにしてもチェスター。おまえはいつから平気で女の子を傷つけるようになったんだ? そんなふうに育てた覚えはないよ」

 

 女の子……。女の子ですか。
 そりゃ17歳の女の子ですけど。
 ここにきてから魔女魔女いわれてばかりで、その事実をすっかり忘れてた。

 

「そ、それは。アニキ、だってこいつは」
「貴賓を論じる以前に、オレはこの子の騎士だから」

 

 ぽん、とエリオの掌が頭に乗った。
 突然のことに、不覚にも固まってしまった。

 

「オレの大切なビビに無礼な口をきいたら、許さないよ」

 

 そして、さらに、不覚にも。
 ちょっとだけ、ほんの少しだけ、ときめいてしまった。

 

 

 

 こ、これが悪役ヒーローの力か。

 

 「イケメンです」と大書きされた顔で、余裕の笑みを浮かべつつ、ものすごくイイ声で、攻略対象おとうとを黙らせ、かつ悪役令嬢をアゲるという荒業。
 腹黒キャラは大の苦手だというのに!
 永遠の1推しと2推しは心に決めているというのに!

 

「ビビ。ビアンカがお茶をいれてくれたよ。疲れただろうから、ゆっくりしよう」

 

 ここはあたしの部屋だ。
 エリオはやわらかく笑みながら、右手をとってソファへエスコートする。

 

 ――ちょっと待て。
 エリオ・ロットってこういうキャラだったか? 覚えてない。
 ルカ様とヴェルマー様に目と耳と心を奪われて、攻略対象でもないエリオにはあんまり注意を払っていなかった。

 

「弟がごめん。昔から激しやすいタイプだったんだけど、さっきは行き過ぎだった。チェスターはいつもあんな風に?」
「うん。あたし相当嫌われてるんだ。もうだいぶ慣れたけど」

 

 エリオは隣に腰かけた。近い。
 なぜ隣。正面じゃダメか。ダメなのか。

 

 彼はわずかに眉を寄せた。
 悔しいが、そういう顔をするといっそうイケメンである。

 

「そうか。あとでもう一度釘を刺しておくよ。それでもまた同じようなことがあったら教えてほしい」
「は、ハイ」
「ほかの白騎士に、君を傷つける者は?」

 

 あたしの髪を、長い指がひと房とった。
 内心ギャーと悶える。

 

「い、いないデス」
「そう。よかった」

 

 安堵の笑みを零し、そしてエリオは髪にキスを落とす。
 今度こそ、あたしの頬が林檎みたいになった。

 

 ま、待て待て待て待て。
 17歳にしてカレシいない歴17年の鈴木理香あたしになんてことを。
 なにを隠そう初恋はルカ様だ。痛く悲しい17年の生涯だった。

 

「ビビ」

 

 な、なんてイイ声。ティーカップを持つ手が、汗をかいた。

 

 ていうか、近い。ちょっと待て、近い。それ以上近づくな。うわあまつげ長い。
 ――じゃなくて、このまま近づくと、あたしの。
 ビビであり鈴木理香であるあたしの、ファーストキスが、

 

「熱いな」

 

 こつん、とおでこ同士をひっつけて、エリオはいった。

 

「顔も赤いし、風邪だね。今日はもう横になったほうがいい。ベッドに運ぶから――、っと」

 

 ティーカップがあたしの手からすべり落ち、エリオが掌で受けとめた。

 

「お茶、かからなかった?」
「……かかかってないデス」

 

 一文字多い気がする。脳みそが臨界である。

 

「氷枕をご用意してきます」

 

 ビアンカが洗面所へ消えた。
 ま、待っていかないで。ていうかいままで部屋にいたかどうかすら記憶にないけど。

 

「失礼」

 

 エリオがヒョイ、とあたしを横抱きにした。いきなり視界が高くなる。思わず手近なところにしがみついたら、エリオの首だった。ギャー。
 これはアレか。お姫様だっこというやつか。終盤でルカ様がヒロインに施す、ときめきイベントか。

 

 一枚絵スチルで見るのと、体験するのとでは、全然ちがう。
 胸板は広くて固いし、腕はがっしりしてゆるぎない。体が宙に浮いているのに、不安定さがまったくない。

 

 ちがうちがう。あたしはプルプル首を振った。
 これはエリオ・ロット。あたしの苦手な、腹黒騎士である。

 

「ビビ」

 

 エリオが苦笑している。

 

「手、離してくれないと降ろせないよ」

 

 あっ。
 慌てて首からほどいた。恥ずかしすぎる。

 

 天蓋付きのベッドにそっと下ろされる。後ろ頭が枕に埋まった。
 エリオは首もとまできっちりと、ふとんを引きあげてくれる。
 ビアンカが氷枕を持ってきた。

 

「頭、上げるよ」

 

 大きな掌が後頭部に差し入れられ、氷枕へ下ろされる。
 脳みそ臨界状態のあたしに、エリオは優しく笑いかけた。

 

「ビビのまつげ、長いね」

 

 ――綺麗だよ。
 そう囁いて、あたしの前髪をかき上げる。
 そのまま頭をなでて、ビアンカをねぎらったあと、エリオ・ロットは部屋を出ていった。

 

 あたしはいま、自分に失望している。
 まさか、このあたしが。一途が服をきて歩いているようなこのあたしが。

 

 まさかのチョロイン体質。

 

「ちがあああうっ」

 

 ガバっと起き上がり、眩暈に襲われまたベッドに倒れこんだ。
 ビアンカは特に反応しない。

 

 気をしっかりもて、ビビ。
 あれはダークヒーローだ。
 関わるとロクなことにならない。

 

 そう、あたしが好きなのはルカ様とヴェルマー様。
 このお二人を見つめているだけで、心はメロメロに満たされる。
 腹黒騎士なんてメじゃないのだ。

 

 エリオ・ロットの行きつく先を思い出す。
 彼は悪役にふさわしい、過酷な運命をたどる。

 

 もしかしたらあたしよりも、つらい結末を迎えるかもしれない。

 

 

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