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 毒盛りイベントからの雪山探し、そして祈りで気力を使い果たし。
 当然の帰結として、あたしは風邪を引いた。

 

「無茶しすぎです」

 

 ビアンカの冷たい声が降ってくる。
 うう、こんなにも苦しんでるのに。

 

「山探しなんていう肉体労働は騎士に任せればいいんです。最前線を突っ走ってくビビ様が考えナシなんです。さあ、お水飲んでください」
「いらない……喉イタイ」
「飲んでください」

 

 ずい、とコップが迫ってきた。しかたなく枕から上体を起こして、受けとる。

 

「あー。頭痛くて関節痛くて喉が痛い」
「39度あるんだから当然です」
「あとさ、全身がめちゃくちゃ痛いんだけど」
「無茶な山登りを敢行したがゆえの、筋肉痛です」

 

 ハイハイ、どーせあたしがぜんぶ悪いですよ。
 カワイイ顔してコノヤロウ。

 

 ちびちび飲みながら腐っていると、扉がノックされた。

 

「ビビ様。エリオ様とルーク様がいらっしゃいました」

 

 ルーク・バレット。黒騎士団副長である。
 そういえば、こういう時に駆けつけてくれるのはいつもルークだった。

 

「お見舞いに来たよ、ビビ。高熱だって聞いたけど、大丈夫?」

 

 フルーツのカゴを片手に、ルークが入ってくる。エリオは花束を提げていた。お見舞いの品までキャラ相応だ。
 騎士団最後の良心、ルーク。歳はエリオと同じ19である。

 

「ありがとーふたりとも」
「顔色悪いなぁ。ビビって見た目健康そうだけど、意外と体調崩しやすいよな」

 

 ルークが心配そうに眉をひそめる。

 

 そうなのだ。鈴木理香時代は鋼鉄の肉体を誇っていたあたしだけど、ビビになってからというもの、ちょっとしたことで体調が崩れる。
 聖女と魔女は、大量の気脈を抱えている関係上、身体とメンタルが不安定らしい。
 メンタルのほうは性格に左右されるところが大きいからそこまで弱くは感じないんだけど、体はダメだ。

 

 ゲームには、これに関する鬱設定が設けられているのだが、その話は病身にこたえるのでまた後日。

 

 エリオが「昨日は体を張ってでも止めればよかったな」と苦笑した。

 

「でもあたしが行かなかったら白蓮草の場所わかんなかったでしょ」
「なんとでもするよ」

 

 カラになったコップを、あたしの手からエリオが引き取った。サイドテーブルに置きつつ、ベッドに浅く腰掛ける。
 こいつ、また距離が近い。

 

「つい、昨日は行かせてしまった。行くと宣言したビビが、あまりにも一生懸命だったから」
「ほだされちゃったわけね」
「そうだね。必死な君が、すごく可愛かったから」
「?!」

 

 なー?!
 ひ、ひ、人まえでなにいっちゃってんのこの人。

 

「可愛いからって許してばかりじゃいけないな。反省してるよ」

 

 優しく微笑まれ、頬を掌でなでられて、またしても頭が臨界状態になった。熱が上がったらどうしてくれる。

 

 ゆっくり寝てなくちゃダメだよ、と背に腕が回され、そっとベッドに戻される。
 あたしになすすべはない。いかん。絶対的な経験値がちがいすぎる。

 

 ルークを見ると、目のやり場に困ってマス、という顔をしていた。ごめんルーク。

 

「さて、そろそろいこうかルーク」

 

 涼しい顔でエリオは立ち上がる。
 ルークは「あ、ああ」としろどもどろにこたえた。

 

「どどどこにいくの」

 

 動揺を押し隠しつつ(みごと失敗!)、聞いてみる。
 エリオは微笑した。

 

「毒入り事件の、調査をしに」

 

 

 

 

 うわぁ、そうだった。
 風邪にかまけて忘れてた。

 

 毒を盛ったのはビビじゃない。てことは、真犯人がいるわけだ。
 どうやらこの世界は、ゲームを忠実になぞっているわけじゃないらしい。
 いままでも小さな齟齬はそこかしこにあったのに、油断してた。

 

 考えなきゃいけない。
 あたしにはアドバンテージがある。
 エリオたちよりも犯人を見つけやすいはずだ。

 

 しかし。
 しかしである。
 だるい。
 いかんともしがたく、だるい。
 おそるべし風邪。おそるべし39度。
 思考能力がまったくのゼロである。

 

「ビビ様。洗い物をランドリールームに置いてきますから、大人しく寝ていらしてくださいね」

 

 ビアンカが部屋から出ていく。
 いわれなくても、こうだるくちゃ動けない。

 

 とりあえず、逆ハーエンド阻止計画を練り直さなきゃいけない。
 毒盛イベントりが起こってしまった以上、いままで以上に慎重にならなくちゃ。

 

 これから始まるのは、個別イベントラッシュである。
 特定の時期に、特定の攻略対象と、特定の場所にいくと発生するというアレだ。

 

 えーと、まずは誰のイベがあるんだっけ……。
 頭がガンガンして、考えがまとまらない。

 

 なんとなしに窓へ目をやった。
 裏殿は平屋造りになっているので、地面が近い。しずかな雪景色が広がっている。聖殿・神儀殿共有の裏庭だ。真ん中にはささやかな池が配されている。

 

 キレイな庭だなぁ。あの池はヴェルマー様の超絶萌えイベントが開催される記念すべき水場だっけ……。
 ぼーっと見つめていると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
 思わずガバっと起き上がる。

 

「あ、あれは」

 

 眩暈でくらくらしつつ、ベッドから降りて窓にむぎゅうとおでこと鼻を押しつけた。
 まちがいない。
 ロゼッタと、チェスターだ。ついでに侍女のシャニもいる。

 

「病み上がりで、なにやってんのロゼッタ」

 

 ああほら、フラフラしてる。
 よろけた聖女を、チェスターが抱きとめた。

 

 いやいやいや。
 待て待て待て。
 思い出した、思い出したぞ。
 毒盛りイベからの一番手は、チェスターだ。

 

 チェスターには、鬱な過去がある。
 超慕っていた叔父かつ前白騎士団長が、1年前の四竜襲撃により亡くなったのだ。
 それによりチェスターは、遅れたきた反抗期をさらにこじらせ、全方位敵な体勢を形づくってしまった。

 

 ツンツンしまくりなチェスターの態度を、聖女はそっとたしなめる。結果、チェスターは苦しい心の内を吐露するのだ。
 もちろん聖女はチェスターを優しく包みこむ。
 反抗期真っ盛りな青年の好感度はぴろりろりーーん♪ と上がりまくる寸法だ。

 

「い、いかーーん!!」

 

 これは逆ハーエンドへの布石になる。
 あたしはフラフラしながらも、部屋を出て裏庭へ急いだ。
 ビアンカが部屋にいなかったことは、ラッキー以外なにものでもない。

 

 

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