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「目のまえで、叔父上は火竜の火に焼かれた。オレは震えているばかりで、なにもできなかった。叔父上を助けられなかったんだ……!」

 

 やべェ、もう始まっちゃってる。
 池を囲む岩にコソコソ隠れつつ、様子をうかがった。
 熱のせいでゼイゼイいってる。バレなきゃいいけど。
 それよりなにこの寒さ。病身にしみるわ。

 

 ものすっごくいいタイミングで、ふたりのいちゃらぶを邪魔してやる……!
 いまのあたしは、まさに悪役令嬢の顔をしていると思う。なにしろ顔色がどす黒い(体調不良で)。

 

「チェスター」

 

 白騎士団長の過去に、優しき聖女は涙を零す。
 女のあたしでも目を奪われるほど、清廉な涙だった。

 

「ずっと、そのことで苦しんでいたの? 騎士に選定されてから、ずっと?」
「それなのにオレは――、叔父上を亡くしたというのに、オレはなんて汚い男なんだ」

 

 チェスターは片手で両目を覆う。その手が小刻みに震えていた。
 気配を消し去った侍女のシャニが、完全無表情で監視している。実にシュールだ。

 

 チェスタールートは踏破しているので、このシーンを知っている。
 でもこうして現実としてみると、胸がしめつけられるものがあった。

 

 ……可哀想だな。
 ロット家の次男として生まれ、白騎士の役割を期待されてはいたが、いかんせん長男が優秀すぎた。
 いつも兄の日陰で生きてきて、歯がゆい思いをし続けてきた。それでも優しい兄を憎むことなく、尊敬し続けた。

 

 両親の関心は長男のエリオにあり、チェスターはつねに蚊帳の外だった。
 淋しい思いを抱え、しかしそれもしかたのないことと受け入れていた。
 それを引きあげてくれたのが、叔父の前白騎士団長である。

 

 チェスターは毎日のように聖殿の庭に通い、時間の許す限り叔父に稽古をつけてもらった。いろんな話を聞いてもらい、時に褒められ、時に叱咤され、愛情をふくめて、いろんなことを教えられた。

 

 そんな叔父が、突然の狂嵐によって失われる。
 それも、彼の目のまえで。

 

「オレは汚い。叔父上の死は、身を引き裂かれるほどの悪夢だった。それなのに、ロゼッタ。こうしておまえのそばにいられることが、至上の喜びだと感じてしまう」

 

 キターー!
 兄弟と聖女にしかデレない男チェスター・ロットの本領発揮である。

 

「おまえの騎士に選ばれたことを、幸せだと感じてしまう。叔父上の死によって成り立つ現実なのに、オレはおまえを求めてしまう」

 

 チェスターの声が、細かく震えている。
 人気No.3キャラ渾身の告白をナマで聞けるなんて、ファンから袋叩きにあっちゃうどうしようハァハァ。

 

 ――いや、このハァハァは萌えではない。風邪のせいである。断じてそうなのである。

 

「ほかの誰に嫌われてもいい。オレはおまえしかいらない。ロゼッタ、おまえが毒に倒れた時、どんなに恐ろしかったか。もうこれ以上、大切なひとを失いたくない」

 

 チェスターの掌が、ロゼッタの頬に触れる。
 兄によく似た黒い瞳から、涙がひとすじ零れていた。

 

「おまえの心がほしいなど、この身にそぐわぬ望みを抱くことはゆるされないとわかっている。けれどこれだけは約束してほしい。オレより先に、逝かないと」

 

 ヤバい、もらい泣きしそう。
 チェスター純粋すぎィ!

 

 おわかりですかみなさん。
 これは個別イベントの一発目ですよ。最終イベントじゃないんですよ。
 この先もっとスゴい恋情の嵐が吹き荒れるのですよ。

 

「おまえは希望だ、ロゼッタ。おまえが笑っているだけで、オレの心は満たされる。だからずっと笑っていてくれ。好きだよ、ロゼッタ。どうしようもないくらい、愛してる」

 

 そうしてチェスターは、ロゼッタを抱きしめた。

 

 もうこっちは両手で口をおさえて悶絶である。
 ああチェスター。あたしがどんだけあんたにツンツングサグサされても、本気で怒れなかった理由がここにある。

 

 ロゼッタは戸惑いつつも、チェスターの背中にそっと腕を回す。
 ゲーム中のモノローグはこうだ。

 

 『チェスターの体は小刻みに震えていた。
 それは北風の寒さによるものではない。
 彼の孤独が、そうさせているのだ。

 

 わたしはそっと、彼を抱きしめた。
 彼の告白はあまりにも突然で、想いに応える言葉は、まだわたしの中にない。
 けれど迷子のようなチェスターの心を、少しでも温めることができればと願った』

 

 選択
  1 「泣かないでチェスター。わたしがいるよ」
  2 「しっかりしてチェスター! 一緒にこの世界を支えるんでしょう?」

 

 脳内ウインドウに選択肢が現れた。
 遅れてきた反抗期、親の愛情に飢えている青年の心をとらえる選択肢はどちらなのか。賢明な読者諸氏はもうおわかりだろう。

 

 聖女の本能は、逆ハーエンドを目指す。
 あたしの仮説が正しければ、ロゼッタはあっちの選択肢を選ぶだろう。
 そしてあたしがジャマすべき場面は――

 

「しっかりしてチェスター」

 

 ロゼッタの、気丈な声が響いた。
 ハッとして、チェスターが顔をあげる。

 

 ――ここだぁっ!

 

「ちょっと待ったあああ!!」

 

 ガバっと立ち上がって、あたしは腹の底から大声を張り上げた。
 とてつもなくイイ雰囲気だったふたりが、あっけに取られてこちらを見る。

 

 

 

 

「誰だ!」

 

 チェスターは剣を引きぬき、切っ先を向けてきた。
 騎士としてとっさの行動なんだろうけど、身がすくむ。

 

 いやいや、ここで引いたら女がすたるだろう。
 逆ハーエンド断固阻止。フラグはすべて、へし折ってやるんだから!

 

「ロゼッタから離れて!」

 

 あたしはさらに声を張り上げる。
 うう、頭がガンガンするよう。なんでこんな時にカゼなんて引いてんだあたしのバカ。

 

 チェスターは、相手があたしと気づいて剣をサヤにおさめた。顔が真っ赤になっている。

 

「お、おまえいつからそこに」
「いま通りかかったばかりだよ」

 

 ごめんなさい嘘です。
 あんたのピュアな告白、余すところなく堪能……いや、監視させて頂きました。

 

「だめだよチェスター、いくらロゼッタがカワイイからって抱きつくのはセクハラだよ」
「なっ! オレはそういうつもりはないっ」

 

 二重にごめん、チェスター。
 しかしここは心を鬼にさせていただく。

 

「病み上がりのロゼッタをひとけのない庭に連れ出して抱きついてたでしょ。だれがどう見たってイケナイ行為だよ」
「あ、あの、ビビ。ちがうの、チェスターはね」
「いい、ロゼッタ。下がっていてくれ」

 

 チェスターの目が怒りに燃えている。
 そりゃそうだ。あたしの行為は、完全に彼をコケにした。

 

 ああ、それにしてもこの体、もっとなんとかならないかな。
 熱いんだか寒いんだかわからない。たまに視界がブレたりする。

 

「いけない行為だと? 貴様、よくその口でいえるな」

 

 ゾクリとした。
 滾る熱が、チェスターの全身から立ち昇っている。

 

 ……あれ?
 ちょっと怒りすぎじゃない?

 

「よくいえる。魔女は二枚舌を自在に使うんだな。前聖女をしいし、オレの叔父を殺し、そして今度はロゼッタさえも死の淵に追いやろうとした。そのおまえが、よくいった!」

 

 なにをいわれたのか、わからなかった。
 あたしは茫然と、チェスターを見上げる。

 

「みな口にしないが、みながわかっていることだ! 貴様が『竜の卵』を仕掛けたんだろう! あれさえなければ、四竜しりゅうは聖殿を襲わなかった。前聖女は亡くならなかった。叔父上は、死ななかった……!!」

 

 がつん、と頭を横殴りにされた気分だった。

 

 なにいってんの、コイツ。
 待って。待ってよ。意味わかんない。

 

「あたしが」

 

 声が震えた。
 頭がガンガンするのは、熱のせいだけじゃない。

 

「あたしがそんなこと、するワケないじゃん! 卵なんて知らないよ! まえの聖女にだって、ほとんど会ったこともないのに」
「魔女は、魔導の力によって小物の竜を操れるんだろう? そいつに命じて卵を盗んだんだ。手口はもうわかってんだよ!」
「ちがう! あたしじゃない!」

 

 四竜襲撃は1年まえ、あたしが魔女に立った直後に起こった。
 4体の怒れる巨竜が突如聖殿の上空に出現し、聖女と騎士団ごと壊滅させたのだ。
 ゲームシナリオになかった事件だったから、酷く混乱したことを覚えている。
 あたしはヴェルマー様とルークの指示に従って、必死に避難した。

 

 あれがあたしの仕業? そんなわけないでしょ。

 

「そんなこというのやめてよ。ただでさえこんなワケわかんないとこでがんばってんのに。その上殺人容疑なんて、冗談じゃないよ」

 

 足が震えて、力が抜けそうになる。眩暈がする。一生懸命踏んばった。

 

 コイツにちょっとでも同情したあたしがバカだった。
 セクハラSOSにいますぐ通報してやる。

 

 けれどチェスターは容赦なかった。

 

「黙れ、魔女。この殺人鬼が!」

 

 頭が割れそう。
 絶対、熱があがってる。

 

「貴様をいつか、牢獄にブチこんでやる。暗く冷たい地下牢で、泥水を啜りながらひたすら国のために祈れ。それが貴様にお似合いの末路だ!」

 

 灼熱の怒りが、叩きつけられる。バカバカしいって思うのに、体が強張った。
 ぐっと奥歯を噛みしめる。――負けるもんか。

 

「あんたは本当に、騎士なの」

 

 震える両手を、握りこんだ。

 

「無実の人間を責めたてることが、騎士の仕事だっていうの? そんな騎士なら、あたしはいらない」

 

 チェスターが、胸をつかれたように目を見張った。

 

 息があがる。
 眩暈がひどい。限界かもしれない。

 

「おい。おまえ、顔色が――」

 

 チェスターが戸惑いながらも、あたしに手をのばした。
 直後、彼の全身がビクっと強張った。

 

 あたしの背後からチェスターへ向かって、鋭い先端がはしり抜けたのだ。

 

「……っ!」

 

 チェスターは肩を押さえ、後ろへ下がった。ロゼッタが悲鳴を上げて駆け寄る。
 あたしは唖然として、動けなかった。
 チェスターの右肩には、1本の矢が深々と突き刺さっていた。

 

「忠告したはずだよ、チェスター」

 

 やわらかな低音が、耳を打つ。
 振りかえると同時に眩暈に襲われて、よろけた。
 その体を、逞しい腕に抱き取られる。

 

「ビビに無礼な口をきいたら、許さないと」

 

 薄く笑みを刷き、エリオはいった。

 

 

 

 

「アニキ」

 

 矢の生えた肩口を抑えて、チェスターは後ずさる。
 その目は酷く傷ついていた。

 

「アニキなんで。なんで、こんなこと」
「オレがロゼッタに、おまえと同じ言葉をぶつけたら、おまえは冷静でいられるのか?」

 

 チェスターは目を見開いた。
 あたしはエリオの腕の中で、ぼんやりしていた。

 

 頭が働かないよ。
 体中、鉛で埋まってるみたい。
 寒い。

 

 ぐったりした体を、横抱きにされた。

 

「ビビは熱がある。昨日、危険を顧みず白蓮草を採りに行ったことが原因だ」

 

 エリオの堅い胸に、片耳がひっついている。
 そのせいで、彼の声が直接鼓膜に響いた。

 

「体を張って、ロゼッタを救おうとしたんだ。それをおまえは、覚えておく必要がある」

 

 冷たい声とうらはらに、抱く腕はひどく優しい。
 なにかいわなきゃと思いながらも、あたしの意識は墜落していった。

 

 

 

 

「熱さましだよ、ビビ。口をあけて」

 

 やわらかい声が、耳をなでた。熱い両腕に、抱きこまれている。
 薄く口をひらくと、堅い指先が入ってきた。舌の上に小粒の錠剤を乗せる。続いて、コップのふちがひやりと唇に触れた。

 

「飲んで」

 

 こくんとのどを鳴らす。錠剤がゆっくりと、のどを滑り落ちていった。
 いいこだね、と頭のてっぺんにキスが落ちる。

 

 ああ、とことん甘やかされてるなぁ。
 ぼんやりした頭で思う。
 エリオは優しいなぁ。でもこの人、実の弟に矢を射た危険人物なんだよなぁ……。

 

 射るか、普通。
 凶器だぞ。

 

「エリオ……」
「ん、どうした? 眠い?」

 

 広い掌に、髪をなでられる。
 ベッドのうえで、エリオに横抱きにされていた。なんだかとんでもない状況だけど、体を動かす力がない。
 それ以上に、認めたくないんだけど、抱きしめられていることが心地よかった。

 

 でも、このふたつだけはいっておかなくては。

 

「あたし、やってない。四竜のこと、やってないよ」
「わかってるよ」

 

 あ、頬にキスされた。
 この人、あたしがヨロヨロのスキをついて好き放題やってるな。

 

 とにかくあとひとつ、いっておく。

 

「騎士仲間相手に……刃物は、厳禁」

 

 なんとかいいきって、あたしはことりと意識を手放した。
 だから最後にエリオが平然といった言葉は、聞きまちがいかもしれない。

 

「オレに仲間なんていたかな」

 

 ……ぜひとも、聞きまちがいであってほしい。

 

 

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