前へ 表紙 次へ

 

 悪役騎士エリオ・ロットには、数々の不幸なエンディングが用意されている。

 

 ルカ様x聖女エンドで生涯幽閉、逆ハーエンドで呪い殺され、ロゼッタがだれともくっつかないバッドエンドでは彼女を拉致って闇堕ちエンド。
 エリオが無事天寿をまっとうするには、ルカ様以外の攻略対象(3人)のいずれかとロゼッタがくっつく以外に道はない。

 

 あたしが逆ハーエンドさえ避ければいいのに対して、エリオの人生は前途多難だ。

 

「いつもフリーの日は外へ出かけるんだそうだね」

 

 風邪もすっかり治った、晴れの日。
 弟に矢を射て大問題になったことなどどこ吹く風、いつもどおりの穏やかな笑顔で、エリオが迎えに来た。

 

「うん。たいていルークが付き添ってくれるんだけど」
「今日は実家の母君の様子を見に行くみたいだよ。ヴェルマーは騎士団員の訓練で忙しいみたいだから、今日はオレが付き添うよ」

 

 ヴェルマー様、訓練なのか。見学するのもいいなぁ……。 
 でも以前、鼻血を拭きながらうっとり見てたら「気が散る」と追い払われたのだった。

 

「ルカ様……白騎士団のほうはなにやってるの?」
「孤児院の慰問。一日かかるらしいよ」

 

 さすが聖女。魔女にそういう慈善的なお仕事はひとつもこない。

 

「チェスターのケガはどうなの?」
「肩当てを狙ったから、かすり傷しかついてないよ」
「会議でヴェルマー様にめちゃくちゃしぼられたって聞いたけど」
「ただの兄弟げんかなのに、大袈裟だよね」

 

 エリオは悪びれもしない。駄目だコイツ。

 

「久しぶりの外出だろう? どこでも連れていくよ」

 

 エリオは優しく笑みを浮かべる。
 ……まあ、いっか。あたしとしても、チェスターの意味不明発言を思い出しモンモンとしてるより、外に出て気分転換したい。

 

「カンパルラいきたい。あそこのランチおいしいんだ」
「あのレストラン、オレも好きだ。馬車用意させるから待ってて」
「いいよ、歩くから」

 

 エリオがきょとんとして見返った。

 

「結構距離あるよ。30分は歩くことになるけど。ビビの足だともう少しかかるかな」
「たいしたことないよ。それにあたし、ロゼッタとちがって顔バレしてないから往来歩くの平気」
「ビビは伯爵家のご令嬢と聞いてるけど」
「普通の令嬢は歩かないかもね。でも動かないとナマっちゃうし。ね、ビアンカ」

 

 ビアンカは無表情にうなずいた。
 あたしの外套とブーツをすでに用意している。

 

 エリオは苦笑した。

 

「たくましいお嬢さんだ」

 

 

 

 

 ゼーナ大公国。
 タリア王国に属する、広大な自治領である。

 

 天然の良港という環境を生かし、商船・軍艦でもって通商・金融で権威をふるい、黄海貿易を目下独占中。
 財政は潤いに満ち、地下には上下水道が張り巡らされ、ゆりかごから墓場までをスローガンに、福祉が充実している。

 

 「華麗な国」との異名をとるこの繁栄は、聖女と魔女の恩恵だといわれていた。

 

「でも実際は、ゼーナ民の徹底した個人主義と商業主義のおかげだと思うんだよね」

 

 ぜーはーいいながら坂道を昇る。
 この街は起伏が激しいのだ。背後に山が迫り、渓谷と入り江をまたがっているからだろう。

 

「つまり、ケチということ?」

 

 エリオが聞く。息が白く舞った。

 

 アコーディオン弾きの青年が、陽気な音楽を奏でている。
 ビアンカが、彼のまえに置かれている容器に紙幣を一枚押しこんだ。

 

「その通り」

 

 以前、アコーディオン弾きのまえをスルーしたらものすごい形相で追いかけられ金を払えと脅された。
 演奏聞いてなかったし、という理屈は彼らに通用しない。
 それ以来、必ずお金を入れるようにしている。

 

「一理あるな」

 

 エリオも容器に紙幣を入れて、「ステキな音色だね」と言葉を贈る。
 アコーディオン弾きは満足そうに一礼した。

 

「商業的な成功は、民の底力かもしれない」

 

 エリオの言葉を聞きつつ、くしゃみする。
 やっぱりゼーナの冬は寒い。

 

「でも、自然の驚異から守ってくれているのは、ビビたちの力だよ」

 

 ふわりと肩にショールが掛けられた。
 丈が長い。エリオのだ。

 

「……どーもデス」

 

 エリオは微笑する。
 徹底したフェミニストである。

 

 

 

 

 カンパルラは貴族ご用達のレストランだ。丘の上にあるため、テラスからの眺望が最高なのである。

 

「これはこれはエリオ様」

 

 四十がらみの男性が慌てて出迎えた。スーツを着ている。

 

「ご連絡をくださればいつもの席をご用意いたしましたのに」
「今日は急だったんだ。支配人は?」
「申し訳ございません、ただいま席を外しておりまして。申し遅れました、私副支配人のアドラムと申します」

 

 恭しく一礼する。
 公爵家嫡男だと態度がちがうなぁ。黒騎士のルークと来た時はボーイが出てきただけだ。

 

 案内された席は奥まった窓際である。仕切りがあって、プライバシーが適度に保護されていた。
 エリオが引いてくれた椅子に腰かける。ビアンカはあたしの背後にたたずんでいる。

 

「このたびは無事『選定の儀』を終えられたとのこと。まことにおめでとうございます」

 

 一瞬あたしにいわれたのかと思った。
 副支配人はあたしが魔女だということを知らない。

 

 エリオが受けこたえる。

 

「ありがとう」
「『狩救の騎士』に選ばれるのはエリオ様だと我々は確信しておりました。グレアム公爵家は、聖女にもっとも愛される御血筋。魔女が立って1年、聖女が立って6カ月の間ずっと『狩救』が空位だったのも、エリオ様が四竜討伐に遠征されているからだともっぱらの噂でございました」

 

 『聖女にもっとも愛される』、ね。
 このへんもゲームで語られていた。

 

 グレアム公爵家は『救聖の騎士』を過去32名輩出している。
 反対に、『魔女狩りの騎士』が出たことは一度もない。

 

「誉れある『救聖の騎士』はエリオ・ロット様の他にございません!」

 

 副支配人は盛り上がっている。
 しかし悲しいかな勘違いである。

 

「一方『魔女狩りの騎士』には、聞いて呆れました。貧村出身の男だそうで」

 

 副支配人が渋面をつくる。
 あーこの人、やらかす人種だな。

 

「やはり忌まわしき『魔女狩りの騎士』には爵位を持たぬ民草がお似合いですね。それに比べてエリオ様のお家柄は――」

 

 と、副支配人はエリオを上げて『魔女狩り』を下げるという、意味不明なことを続けている。
 エリオは特に気にした風もなく、グラスの水を口に含んでいた。

 

「めったに出てこない魔女ですが、これも噂に聞くところによると翠瞳すいとうの禍々しき醜女だとか」

 

 げっ、こっちに回ってきた。
 キレないように気をつけないと。ここの料理、気に入ってるから来づらくなったら困る。

 

 エリオが副支配人を一瞥した。
 目があって手ごたえを感じたのか、副支配人はこの話題で攻めることにしたようだ。副支配人あらため、やらか支配人と名付けよう。

 

「我が国に魔女が必要だということはわかりますが、もっとなんとかならないのでしょうか。魔女の祈りの時間は、空気がこう、重苦しくてかなわないのです。そのあとの聖女の祈りの時は、重苦しさが一掃されて、みずみずしい爽やかさが吹き抜けるんです。私どもはそれを待ち望んでいるのですよ。いやはや、聖女は素晴らしい。その点魔女ときたら――」

 

 今度は延々聖女上げの魔女下げだ。
 よし、あたしもビアンカみたいに壁になろう。なにも聞こえない、なにも聞こえない……。

 

「魔女という禍々しき者は、一生裏殿りでんに幽閉でいいと思うのですよ。ひたすら祈り続けて、ひっそりと寿命を迎えればいいんです」
「アドラム副支配人」

 

 やわらかにエリオがいった。
 初めて名を呼ばれて、副支配人は嬉々として返事をする。

 

「はいッ」
「祝いの言葉をありがとう。いい忘れてたけど、オレは先日『選定の儀』にて竜胆りんどうのスティグマを下賜かしされたんだよ」
「はい、おめでとうございま――、……へ?」

 

 副支配人はぽかんとした。

 

「り、りんどう……?」

 

 エリオは手袋を引きぬいて、右の甲をさらした。
 青い花のスティグマが確かに刻まれている。
 副支配人は、それよりも青くなった。

 

「え、ええと、その、あの……」
「竜胆の花言葉は、正義・誠実。凜然と立つ我らが魔女にふさわしき花だと思わないか?」
「――は、はいッ。思いますッ」

 

 意見を180度変えて、やらか支配人は直立不動になった。
 エリオは口端に笑みを浮かべる。

 

「栄誉ある『魔女狩りの騎士』に選ばれた我が公爵家は、未来永劫、神の祝福のもとに栄えるだろう。――ああ、オーダーは君のオススメで構わないよ」
「かしこまりましてっ! ごご指名を承りっ、ぼッ望外の喜びっ」

 

 足腰ガクブルでわけわかんないことになっている。最初はざまあみろと思ったが、ちょっとかわいそうになってきた。

 

 やがてテーブルには、ランチと思えないほどの豪華料理が並んだ。お代は副支配人がもつそうだ。
 舌鼓を打ちつつ、エリオは平然という。

 

「彼はクビかな」
「えっ」
「彼の上司とは、話が通じるんだ」

 

 中高年にして失業。むごい。

 

「それはちょっとかわいそうじゃない?」
「そう?」

 

 エリオは首をかしげた。黒い。

 

 でもこの人は、自分のことをいわれた時にはいい返さなかった。
 あたしの悪口が始まってから口をひらいたのだ。

 

 そう思うと、エリオに対して同情が湧きあがってくる。
 悪役騎士だということはわかっている。
 でも優しくされると、どうしても彼のエンディングが頭に浮かぶのだ。

 

「あのさあ、エリオ」

 

 生ハムとチーズをフォークに乗せながら、いった。

 

「『魔女狩りの騎士』なんていいことないよ。いまから逃げ出しなよ。エリオだったらどこの国でもひとりでやってけるでしょ。あたし誰にもいわないから」
「面白いことをいうね」

 

 エリオは笑みを浮かべる。

 

「それは気遣ってくれていると解釈していいのかな」
「うん。エリオはちょっと可哀想な運命だから」
「でもオレは、この場を後人こうじんにゆずる気はないよ」

 

 エリオの返答は静かで、けれどゆるぎなかった。

 

「それって責任感? 公爵家嫡男ってそういうもの?」
「どっちかというと、適度に手を抜くタイプ。今回のことは、君に興味があるんだ」

 

 手がとまった。
 エリオは続ける。

 

「そうだな、せっかくだし本音をいっておこうか。正直、神儀殿に拘束される『狩救の騎士』には魅力を感じていなかった。でも、いまはちがう。君の目は、ほかの者のそれとちがうんだ」
「どうちがうの」

 

 エリオは薄く笑んだ。

 

「さあ、食事を続けよう。冷めてしまわないうちに」

 

 結局、それ以上のことは聞けなかった。

 

 

 

 

「雪が降ってきたな」

 

 エリオが窓越しに空を見上げた。

 

「帰りは馬車にしようか」

 

 ヒロインから見えないゲームの裏で、ずっとビビは、エリオに大切にされていたのだろうか。
 ロゼッタを操作していた時には、想像もしていなかった。

 

 目がちがう?
 そりゃそうだろう。
 あたしは乙女ゲームをしているんじゃない。
 生き残りゲームをしているんだ。
 他のキャラよりも、ギラギラしてるに決まってる。

 

 

前へ 表紙 次へ

 

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る