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 さて。
 さてさて。
 今日は黒騎士副団長ルーク・バレットの個別イベントの日だ。

 

 ルークについておさらいしよう。
 彼は庶民出身の19歳。騎士団最後の良心と噂される男である。
 短く切った髪に、騎士団一の長身。正統派イケメンではないが、人の良さがにじみでた顔立ちをしている。

 

 実をいうと、ルークルートは未攻略だ。
 こういうキャラ、嫌いじゃないんだけど面白みに欠けるんだよね。横からルカ様やヴェルマー様が出てくると、ついそっちのフラグを取りに行っちゃう。一途だから。

 

 よーし、フラグをバッキバキに折りまくってやるぞ!
 早朝から気合いのラジオ体操をしていたら、起こしに来たビアンカに怪訝な顔をされた。

 

「もう体調は万全のようですね」
「ビアンカ! 冷たい牛乳をがつんと一杯!」
「おなか壊さないでくださいよ」

 

 腰に手をあてて豪快に飲み干し、ビアンカを見返った。
 今日の作戦は、この子なしでは成功しえないのだ。
 ビアンカは嫌そうな顔つきになる。

 

「なんですか。またよからぬことを考えてるんですか」

 

 よからぬことではないのだよ。
 君のご主人が生き残るための、大切な作戦なのだよ。

 

 

 

 

 というわけで、ロゼッタの侍女・シャニの個室を間借りすることに成功した。
 「聖殿の近くを散歩してたら突然気分が悪くなったから部屋貸して」と強引に押し入ったわけだ。シャニはビアンカの双子の妹なので、融通が利く。

 

「デバガメですか、ビビ様」

 

 冷たい視線が背中に突き刺さる。
 あたしは構わず、ドアにべたりと片耳をひっつけて、隣室の声を聞いていた。侍女の部屋は、主のと間続きになっているのだ。

 

 隣室では、ロゼッタとルークが個別イベントの真っ最中である。ルークルートは未クリアだけど、二次創作を読み漁った経験上、だいたいの流れは頭に入っている。一番いいとこでジャマしてやるフフフ。
 ちなみにシャニは、隣室で壁のごとくひっそりと控えているはずだ。

 

「毒はもう抜けた? 顔色は良さそうだけど」
「はい、元気です。まだ時々頭痛がしますけど。お医者様のお薬があまり効かなくて」
「そっか」

 

 ルークとロゼッタの会話は耳ごこちがいい。ふたりとも人間ができてるから、声音が穏やかなのだ。

 

「これ、頭痛に効く薬なんだ。よかったら呑んでみて」
「お粉のお薬ですね。お医者様のとちがいます」
「うん。母親がすぐ体調崩す人で、薬の種類ばっかり増えるんだよ。これ効かなかったら、まだほかにもあるから」
「お母さま、お体が弱いのですか。それは心配ですね」

 

 ロゼッタの声が沈んだ。

 

「大丈夫。いままでなんとかなってたから、これからもなんとかなるよ」
「ふふ。ルークと話していると、心が軽くなります。もしかしたらお医者様の職も合っているのではないですか?」
「考えたこともあるけど、残念ながら医術書より剣のほうが持ちやすい。あんなぶ厚いものを暗記するより、体を動かしてたほうが楽しいよ」

 

 ふたりでくすくす笑っている。
 むむ、いい雰囲気だな。突入するならココか? もうちょっと待ったほうがいいかな。

 

 迷っているのには理由がある。実はこのイベント、毒盛りイベントの続きになっているのだ。
 ゲームではビビが首謀者だ。ルークはひそかにそれを疑っていて、こっそりロゼッタに注意喚起することになっている。結果、ふたりの親密さが増すわけだ。

 

 でもこの場合、首謀者はあたしじゃない。犯人は不明である。だからふたりがどうやって距離を詰めるのか、いまいちつかめないのだ。

 

 ただロゼッタは、絶対にルークの好感度を上げにくる。彼女自身は意識していないみたいだけど、攻略対象のフラグを回収することはヒロインの本能だ。ここしばらくロゼッタを観察した結果、あたしはこの考えに確信を持っている。

 

「ビビにお礼をしたいんです。ビビが薬草を見つけてくれなかったら、わたしは死んでいたかもしれません。それなのにチェスターがあんなふうにビビを責めてしまって、本当に申し訳なく思っているのです」

 

 おっと、あたしが出てきたぞ。
 お礼なんてべつに いいのに。悪いのはバカチェスターただひとりだし。

 

「なにがいいと思いますか? ビビが最近ほしがっていたもの、知っていますか?」
「うーん、心あたりはないなぁ。でも女の子だし、洋服やアクセサリーが好きなんじゃないかな」
「ああ、そうですね。ビビはとっても可愛いから、ステキなものをプレゼントしたいわ。ルーク、もしよかったらいまから一緒に宝石店へいって選んでもらえませんか? わたしひとりだとどれにすればいいのかわからなくて」
「えっ、オレ?」

 

 キタ!
 デートのお誘いである。
 ルークは困惑しているようだ。

 

「でもオレは庶民だから、そういう店に行き慣れてないよ。チェスター……はダメか。メルヴィンについていってもらったほうがいいんじゃないかな」

 

 メルヴィンはロット家三兄弟の末っ子で、白騎士副団長をしている。公爵家のご子息だし、宝石店に行くんだったらそっちが正解だ。でもフラグ回収を考えれば悪手である。

 

「メルヴィンはいま、騎士団の稽古をつけているんです。でも、そうですね。突然ごめんなさい。わたしの付き添いなんて、ご迷惑でしたね」

 

 ロゼッタの声がか細く落ちこんだ。大きな瞳をそっと伏せ、わずかに潤ませているのだろう。これを天然でやってのけるのだから、聖女とは恐ろしい生き物である。

 

 そしてルークはいとも簡単に落ちた。

 

「迷惑なんかじゃないよ。オレでよかったら、いっしょにいこう。一番ちかくの、シエル宝飾店でいいかな」

 

 

 

 

 しまった。聖女ロゼッタのあざやかな手並みに聞き入ってしまった。ジャマするまえにふたり(とシャニ)は部屋を出ていった。

 

「いくよ、ビアンカ!」

 

 細い首根っこをつかみ、ダッシュで厩にいく。厩番に馬車を出してもらおうと思ったら、そこにいたのはなんとエリオだった。

 

「どうしたのビビ。一生懸命走ってきたの?」

 

 汗かいてるよ、と指で首すじに触れてくる。しかしいまはコイツのセクハラにかまってる場合ではない。

 

「馬車出して。シエル宝飾店にいくの」
「宝石をほしがるなんて、珍しいね」

 

 エリオは穏やかに笑った。

 

「女の子ふたりで出かけるのは危ないよ。オレも一緒にいこう」

 

 ああ、さらに話がややこしくなる予感がする。

 

 

 

 

「あそこで指輪を買ってプロポーズすると、必ず成功するというジンクスがあるんだ。だから女性よりもむしろ、若い男性がひんぱんに来店するらしいよ」

 

 実にどうでもいいよもやま話を聞きつつ、馬車はシエル宝飾店に到着した。

 

 ガラス扉からそーっと覗くと、ロゼッタとルークが身を寄せ合ってショーケースを見下ろしている。ほかにお客さんはいない。完全にふたりだけの世界だ(シャニもいるけど、完全に壁と同化している)。店長らしき初老の男性が、初々しいカップルを微笑みながら見守っている。

 

 い、いかん。ジャマしなければ。
 あたしは突入を決行した。

 

「あれーー?! ルークとロゼッタだー。すっごい偶然だねー!」

 

 ふたりがびっくりしたようにこっちを見た。

 

 うう、ビアンカの冷たい視線がイタイ。わざとらしいことはわかってるけど、しかたないじゃん!

 

「ど、どうしたんだビビ。こういう店にくるなんて、珍しいじゃないか」

 

 プレゼントを渡す相手が目のまえに現れたせいか、ルークとロゼッタは動揺している。
 あたしはズカズカと店内を横切り、ロゼッタの腕を引いた。

 

「ねえロゼッタ。あたし小ぶりのネックレスを探しに来たんだけど、どれがいいか一緒に選んでくれない? こういうの女同士のほうが楽しいよね」

 

 戸惑うロゼッタを無理やり連れていく。扉近くのショーウインドウから、テンション高めに見て回った。女子だけあって、だんだんロゼッタもノッてくる。

 

「この赤い石なんて、ビビに似合うのではないかしら」
「でもそれ、チェーンが金色だもんなぁ。もっと細めのシルバーのはないかな」
「じゃあこちらは? 深い翠色。ビビの目の色にそっくりだわ」
「うわほんとだ、綺麗!」

 

 なんだかあたしも楽しくなってきたぞ。女子ときゃーきゃーいいながら買い物なんて久しぶりすぎて涙出てくる。
 シャニとビアンカも興味を引かれたのか、後ろからそっとショーウインドウを覗きこんでいる。

 

 男ふたりは肩をすくめつつ、離れたところで喋っていた。女は買い物が好きだなとかなんとかいってるんだろう。

 

「どうせだったらロゼッタも買っちゃいなよ! このピンク色の石、イメージぴったり」
「わあ、綺麗。ねえシャニにビアンカ。貴女たちにもなにか買ってあげるわ。いつもお世話してくれているお礼よ」
「そんな、ロゼッタ様」
「わたしたちのことはお気になさらないでください」

 

 双子は同時に首をふった。こうして並ぶとそっくりだ。

 

「いーじゃん選んじゃいなよ! ほらほら、どれがいい?」

 

 ぐいぐい双子を引っ張る。ああ楽しい。当初の目的はすでに忘れかけている。

 

 その時、事件は起きた。
 見るからに酔っぱらった若い男が、勢いよく扉を開けて入店してきたのである。

 

「店長はドコだあああッ」

 

 突然の大音声に、思わず耳を塞いだ。なんだコイツ。
 店内に緊張感が満ちる。店長が慌てて「私です」と名乗り出るより早く、ルークとエリオが動いた。

 

 けれど、それは途中で封じられることになる。一番近くにいたシャニを、酔っ払いが乱暴に引き寄せたからだ。

 

 彼は手に、包丁を持っていた。それをシャニの首もとに突きつける。

 

「シャニ!」

 

 とっさに駆け寄ろうとしたところを、ロゼッタに引きとめられる。ビアンカは両手を口で覆って、震えていた。

 

 店内の空気が止まる。
 シャニを人質に取られて、動けない。

 

 ――なにこれ。またゲームにないシナリオ?

 

 シャニの細い脚は宙に浮き、もともと白かった顔がさらに色をなくしている。

 

「その子を離せ」

 

 ルークが張りつめた声でいった。

 

「バカなことを考えるな。いまならまだ、引きかえせる。手を離すんだ」
「うるせえ黙れっ!」

 

 男は一蹴した。暗くもないのに、瞳孔が開ききっている。

 

「畜生、なにが『プロポーズの成功する指輪』だ! 嘘ばっかりじゃねえかこの詐欺師!」

 

 店長に向かって唾を飛ばしながら、怒鳴りつける。
 男の様子は尋常じゃない。初老の店長は、怯えたようにあとずさった。

 

「彼女にフラれて、オレの人生お先真っ暗だ! ぜんぶこの店のせいだっ。てめえらを道ずれにして死んでやる!!」

 

 ていうか、そんなくだらない理由で?!
 そんなんだからフラれるんだよ、指輪のせいじゃないっつーの!

 

「ちょっとあんた」

 

 こういうナヨった男、ほんっとーに許せない。
 ロゼッタの制止を振り切って、あたしはまえに出た。

 

「フラれた理由を道具のせいにすんな。男ならひと晩だけ泣いてスパっとあきらめて、もっとイイ女探しなよ」
「彼女以上の女性はいないんだ、おまえみたいなガキになにがわかる!」
「あたしだって好きな人くらいいるよ! でも、でもしょせん叶わない恋なんだから」

 

 声聞くだけで鼻血出るからね。
 遠くから眺めることしかできないからね。

 

 ああ、悲しくなってきた。

 

「プロポーズできるだけいいじゃん。あたしなんて、顔を見ることすら一苦労なんだよ」
「か、顔を……。もしかしておまえもフラれたのか」
「イヤそういうわけでもないけど」
「つらい恋をしているんだな」

 

 男が同情的になっている。これはチャンスかもしれない。

 

「うん、そう。だからここは可哀想なあたしに免じてシャニを離してあげ――」
「それならオレの気持ちもわかるだろう! 彼女に拒絶されて、胸が引き裂かれたこのオレを! うおおお、ミーアー!!」

 

 しまった、逆に昂ぶらせてしまった。
 酔漢の絶叫に、あたしは思わず耳をふさぐ。彼は興奮しきりで包丁を振りまわした。ビアンカが悲鳴を上げた。危ない、シャニに当たる!

 

「だからヤメロっていってんでしょ!」

 

 あたしは男にとびかかった。――直後、激しい破砕音が店内を引き裂いた。
 エリオが素手でショーウインドウを叩き割ったのだ。

 

 腕を突っこんで宝石をつかみ、堅い一粒を男めがけて打ちこむ。包丁を持つ手の甲に命中し、男は悲鳴を上げて刃物を取り落した。

 

 息を呑んで立ち止まったあたしを、ロゼッタが後ろに引っ張る。
 ルークが男を蹴り倒してシャニを奪い取り、剣を首もとにつきつけた。

 

 静寂が落ちる。
 やがてビアンカが、泣きながらシャニに抱きついた。

 

 

 

 

「まえに、ひとりで勝手に突っ走らないようにっていったと思うけど」
「……ハイ。ゴメンナサイ」

 

 帰りの馬車の中で、あたしは縮こまった。
 ビアンカはもうだいぶ落ち着いて、正面に座っている。

 

「君が動かなければ、もう少し早く手を打てたんだけどな」

 

 返す言葉もない。
 エリオは隣に座って、折り曲げた腕を背もたれに預けている。ちょっと怒っているかもしれない。

 

「いやーなんか、頭に血が昇っちゃって」
「これから外出時には、首輪に縄でもつけていこうかな」
「へ、ヘンタイ」
「それは褒め言葉?」

 

 ダメだ。コイツにつける薬はない。

 

「君を心配しているんだよ」

 

 背もたれの腕を伸ばして、あたしの頭を引き寄せる。こつん、と側頭部がエリオの胸にあたった。
 待て。近い。近いっつーか、くっついてる。

 

「危険な目に遭わせたくない。だから、いうことを聞いてくれるね?」

 

 キタ。やわらかい低音で耳もとへ囁く手法キタ。
 ぼん、と頭が沸騰した。ビアンカは完全に気配を消している。助けろ、こら。

 

「それと、ビビ」

 

 頬を手の甲で撫でながら、エリオは整った顔に笑みをのせた。

 

「君の好きな人というのは、やはりルカかヴェルマー?」

 

 ……その両方です、ガツガツでごめんなさい。

 

 

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