ネット小説,恋愛

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 逆ハーエンド阻止は、あらかた成功しているといっていい。
 しかし結果を見てみると、 ひとりだけ突出して好感度を上げている人物がいるのだ。
 そう、永遠の正ヒーローにして運命の核爆弾、ルカ・フリッカー様である。
 毒盛りイベントで薬草をゲットしたのが効いている。

 

 あたしとしては、逆ハーエンドだけを阻止すればいいのだ。
 最終的にルカ様エンドになっても問題ない。
 ブロークンハートを抱えつつ夜な夜な泣き濡れるというだけだ。

 

 ……でもなぁ。
 ルカ様エンドになると、エリオがなぁ。
 生涯地下牢に幽閉されちゃうんだよな。

 

 ゲームでは、ルカ様とエリオの仲はすこぶる悪い。
 どっちかというと、エリオが一方的にライバル心を燃やしている形だ。

 

 エリオはある日、ルカ様とロゼッタがイイ仲になったのを知る。
 ルカ様にひと泡吹かせたいエリオは、ロゼッタを口八丁で騙くらかし、拉致るのである。

 

 それをルカ様がお約束のごとく取りかえす。
 エリオは聖女拉致の重罪で幽閉となるのだ。

 

 ちなみにビビはエリオを煽った張本人だが、捕まった後は知らぬ存ぜぬで足きりする。
 「なにかあったら庇ってあげるわ」といっていたのも関わらず、である。悪い女すぎる。

 

「最近エリオにはお世話になってるしなぁ……」

 

 セクハラもされてるけど。

 

 でも、山で巨鳥に襲われた時や、チェスターに責められた時、それに宝飾店でも、いつも助けてくれている。
 ここであたしがエリオを見捨てたら、それこそ悪役令嬢まっしぐらなんじゃないか。

 

 そう。サバイバルゲームとは、自分ひとりが生き残るゲームではない。
 みんなで生き残るゲームなのだ。

 

 よし、エリオも助けよう。
 逆ハーエンドだけじゃなく、ルカ様エンドも阻止。
 それと、誰ともくっつかないバッドエンドも阻止だ。エリオがロゼッタを拉致ったままだれも助けに来ず、闇堕ちエンドになってしまうからだ。

 

 つまり、ロゼッタがルカ様以外の攻略対象とくっつかなければならない。
 ヴェルマー様、ルーク、チェスター、そしてメルヴィンである。

 

「チェスターは頭が沸いてるから却下。ヴェルマー様は死守したい。ルークはこのまえフラグ折ったから取り返すのにホネが折れそうだな」

 

 ということは、消去法でメルヴィンになる。
 メルヴィン。
 結構、イイんじゃないだろうか。

 

 栄えあるロット家三兄弟の末っ子、メルヴィン・ロット。
 白騎士副団長の任にある。
 くるくる巻き毛に長いまつげ、お人形さんみたいな美少年で、年齢はロゼッタと同じ17だ。

 

 だれからも愛されるのんびり屋さん、別名騎士団の天使。
 ロゼッタみたいな優しい子と相性ばつぐんだ。結婚したら穏やかで幸せな家庭を築きそうである。

 

「よし、これでいこう!」

 

 あたしは部屋の真ん中で握り拳を作った。背後でビアンカが例の冷めた目を向けてくる。

 

 折よく、次の個別イベントはメルヴィンだ。
 大人しく見守っていれば、ロゼッタは必ずフラグを回収するだろう。

 

 えーと、メルヴィンのイベントってどんなんだっけ。
 ……。
 …………。

 

「ああっ!」

 

 大声を上げてしまった。ビアンカの視線が痛い。

 

 メルヴィン・ロットのイベントは、あたしが動かないと始まらないヤツだ。
 ロゼッタ憎しのビビが、彼女のお仕事をジャマする。つまり、祈りの日に彼女を監禁するのだ。

 

 都外れの空き家の地下に、閉じこめる。
 実行犯はエリオだ。もちろん、ロゼッタにはエリオだとバレないようにやった。

 

 ビビはぬかりなく、ロゼッタの部屋に書置きを残す。
 「祈りは体がとてもつらくなるので、今日はやりたくありません。ごめんなさい」
 これでロゼッタの信頼ガタ落ちを狙ったわけだ。

 

 しかしこれは乙女ゲーである。
 ヒロインが愛しくてしかたない男どもが集まっているのである。
 「ロゼッタが逃げ出すはずがない。これは誘拐だ」と色めき立ち、聖女大捜索が開始されるのだ。

 

 そこで活躍するのがメルヴィンである。
 あらゆる人から好かれる天使なので、都のあちこちに知り合いがいる。
 広大な情報網を駆使して、ついにロゼッタの居場所をつきとめ、救出するのだ。

 

 かくてフラグは回収され、好感度もうなぎ上りというわけだ。

 

「うあーどーしよー」

 

 ぼすんとソファにダイブする。
 ロゼッタ拉致監禁なんてやりたくない。というか絶対成功しない。ゲームみたいにエリオに頼むわけにもいかないし。

 

 こっちのエリオは、ルカ様にライバル心なんて燃やしてないし、あたしのいいなりにもならない。

 

「はあ……。困ったなぁ」

 

 でもこのままモンモンとしてたって事態は動かない。
 もしかしたらまた、毒盛りイベントのときみたいに勝手に誰かがやっちゃうかもしれないし。
 そういう時のために、念のため監禁場所を下見しておこうかな。うろ覚えだから、ちゃんと把握しておきたい。

 

 というか毒盛りの犯人、まだ捕まってないんだよね。
悪役魔女ビビじゃないのであれば、悪役騎士エリオが一番アヤシイってことになるんだけど……。
 まさかね。
 きっと外部の犯行なんだろう。早く捕まるといいな。

 

 

 

 

「ビビ様、本当に騎士方の付き添いはナシでよかったのですか」

 

 下町を歩きながら、ビアンカがいう。
 監禁場所の下見なんだから、他の騎士を連れていきたくない。本当に事件が起こっちゃったら、あたしがまた怪しまれる。

 

「いーのいーの。たまには女同士で出かけようよ」
「でもこの辺りは治安が悪いです。早く帰りましょう」

 

 ビアンカが不安そうにキョロキョロしている。 
 「大丈夫だって」といおうとした瞬間、ガツンと後頭部に重い衝撃を受けた。
 めまいがして、膝が落ちる。

 

「ビビ様!」

 

 ビアンカの悲鳴が遠ざかっていく。
 うわーヤバい。あたしまた、やっちゃったかも。

 

「その女は捨て置け! いるのはこの黒髪の女だ」

 

 野太い声が鼓膜を叩く。
 乱暴に髪をつかんで引きあげられる。
 呻き声を上げると、今度はみぞおちに拳をくらった。

 

 意識はいっきに墜落した。

 

 

 

 

「へへ、女のほうからこっちに来てくれたなんてツイてるな」
「金払いのいいヤツだったからな。後払い分も弾むだろ」

 

 げっへっへ、と下品な笑い声が聞こえる。
 あたしはうっすらと目を開けた。
 真っ暗だ。

 

 右頬を床につける格好で、倒れていた。
 のろのろと起き上がると、後頭部がひどく痛んだ。

 

 男たちの声は、壁の向こうから聞こえてくる。
 この部屋には窓がないようで、暗くてなにも見えない。

 

 ……地下室かな。
 監禁場所の。

 

「しかしあの客信用できるんかね。ケープで顔を覆って見せやしない。声色を使って、絶対に誰だかバレないようにしてたじゃねーか」
「どっかのお偉いさんなんだろ。金さえ払ってくれりゃなんでもいいさ」

 

 あの男たちは、雇われただけってことか。
 座りなおそうとしたら、ジャリっと音が鳴った。片方の足首を、鎖で繋がれている。見えないけど、触った感じ、たぶんそう。

 

「はー……。やっちゃったなぁ」

 

 体操座りをして、頭を落とした。

 

 やがて男たちの気配が遠ざかっていく。階上にいったようだ。
 暗闇と静寂に包まれた。

 

 ゾクリとした。

 

 ……あたしはべつに、閉所恐怖症でも暗所恐怖症でもない。
 焼き肉食べながらホラー映画を観られるし、お化け屋敷なんてあくびしながら通りぬけることができる。

 

 それでも、ゾクリとした。
 だって、暗い。なにも見えないし、聞こえない。
 監禁されて、足を鎖で繋がれて、これからどうなるのか、どういう扱いを受けるのか、ぜんぜんわからない。

 

 殴られるかもしれない。売り飛ばされるかもしれない。へたしたら、殺されるかもしれない。

 

 ぎゅうっと両膝を抱えて、縮こまる。
 こらえろ。
 大丈夫。
 ぜったい、助けに来てくれる。

 

 ――君が動かなければ、もう少し早く手を打てたんだけどな。

 

 わかってる。わかってるよ、エリオ。
 余計なことしない。
 じっとしてるから。

 

 いまあたしがしなくちゃいけないのは、『ストレスを溜めないこと』。

 

 聖女と魔女は、ストレスに弱い。
 心が揺らぐと、体をめぐる大量の気脈が揺れて、正気まで揺るがしにかかる。
 多大な負荷を受けると、聖女と魔女は、狂気に落ちるのだ。

 

 自然はあたしたちに連動する。
 風がやみ、海流が失われ、気候が荒れて生態系が崩れる。
 草木は枯れ、動物は病み飢えて死んでゆく。

 

 そこで仕事をするのが、『狩救の騎士』である。

 

 『救聖の騎士』はその名のとおり、聖女を救う。
 自身の気を直接彼女にそそぎこむことによって、正常に戻す。
 まさにお姫様のピンチを救う王子様である。

 

 しかしながら『魔女狩りの騎士』はエグい。
 彼は魔女を狩る。平たくいえば、殺害する。

 

 しかもそのあと彼も死ぬ。
 殺害の瞬間、荒れ狂う魔女の気に呑まれて身体機能を停止させられるからだ。

 

 ちなみにあたしがなんとしてでも避けたい逆ハーエンドはこれである。
 魔女ビビはストレスによって狂い、エリオに狩られ、そしてエリオも死ぬ。

 

 そんなことには、ならない。
 ぜったいにさせない。だからいつもの元気を出せ、あたし。

 

 ああ、でも。

 

「暗いなぁ……」

 

 さらにきつく両膝を抱きしめた。
 ひたひたと、冬の寒さがにじり寄っている。

 

 

 

 

 

「――下町だ」

 

 広い机に地図を広げ、エリオは該当箇所に掌を叩きつけた。

 

「ビアンカの言によれば襲撃を受けたのは南街区。身なりの悪い男が3人、武器を携帯。彼らの会話から、ビビを狙い撃ちした可能性が高い」
「しらみつぶしに探すか」

 

 厳しい表情でヴェルマーがいう。会議室には副長以上の騎士が揃っていた。

 

「いや、まずは聞きこみだ。下町は住民の目が多いから、そちらのほうが早い。区画を割り当てるから情報を集めてくれ」
「了解した」
「メルヴィン」

 

 エリオは弟を振りかえる。
 不安そうな面持ちで、メルヴィンは顔をあげた。

 

「おまえはオレと来い」

 

 

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