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 捜索は3手に分かれて行われた。
 時分は夕刻、いまにも雪になりそうな寒さだ。

 

 

【ルカ・ルーク班】

 

 

「こう寒いと、ビビの体調が心配だな」

 

 ショールにあごを埋めつつ、ルークが眉を寄せる。
 ここは露店市である。そろそろ店じまいの時刻で、人影もまばらだ。

 

 ひと通り回って話を聞いたが、めぼしい情報はなかった。

 

「どう思う、ルーク」

 

 ルカが低くいう。

 

「どうって?」

 

「ロゼッタに毒を盛った犯人と、今回の事件、首謀者は同じだと思わない?」

 

 ルークは目を見張った。

 

「けど……ヴェルマーがいってたじゃないか。毒事件は外部犯で、目星はつけてるって。証拠さえ上がれば、すぐにでも捕縛すると聞いたぞ。騎士団のほうでマークしてるんだろ?」

 

「でも、容疑者の名前すら、オレたちのほうに降りてこない。情報を共有してるのは、ヴェルマーとエリオだけだ」

 

 バレたらまずい情報でもあるのかな、とルカはいった。

 

 

【ヴェルマー・チェスター班】

 

 

「狂言に決まってる。放っておけば自分から出てくるさ」

 

 チェスターは吐き捨てた。
 宿屋の扉を閉めつつ、ヴェルマーはため息をつく。

 

「そんなことをして、ビビになんの利がある? いい加減、根拠のない妄言を吐くのはやめろ」

 

「ビビは四竜襲撃に関わってる。ロゼッタに毒を盛ったのもあいつだ。根拠はそれで充分だろ」

 

「そもそも四竜の件にビビが関与しているという考えに賛同できない」

 

 ヴェルマーの冷たい視線を浴びて、チェスターはにらみかえした。

 

「襲撃のまえ、ビビは新聖女はいつ立つのかということを気にしていた。代替わりの話なんてまったく出ていない時期に、だ。どう考えてもおかしいだろう」

 

「確かに不自然ではあるが、あれはもともと変わり者だ。襲撃事件と結びつけるほどのものではないな」

 

「いってろよ。いつかオレのほうが正しいと思い知る日がくる」

 

 ヴェルマーは返事すらせず、次の店へ入る。

 

 

【エリオ・メルヴィン班】

 

 

 開店してまもなくの、酒場である。
 メルヴィンが足を踏み入れたとたん、店内がわきたった。

 

「ようメル! 久しぶりだなぁ」

 

「こんなに早い時間から来るなんて珍しいじゃないか」

 

「こっちおいでメル。おねーさんが麦酒おごってあげる」

 

 メルヴィンは天使の笑顔であいさつをかえす。

 

「ありがとう。僕、ものすごくお腹すいてるんだ。おかみさん、いつものお願いしてもいいですか?」

 

「ああもちろんだよ。特別に大盛りにしてあげるよ」

 

 テーブルにつく。
 客たちの話を聞いては別のテーブルにうつる、ということを繰りかえした。

 

 

 

 

「兄さん」

 

 酒場ちかくの路地で待つこと5分。
 メルヴィンが小走りに駆けてきた。

 

「情報集めてきたよ。今日は毎週くるはずの固定客が来ていないらしいんだ。下町で有名なゴロツキで、治安官に目をつけられてる連中らしい。リーダーの名前はアマダ・レックス。30代前半の男だって」

 

「そうか。こっちの情報と一致するな」

 

「兄さんはどこで集めてきたの?」

 

「知り合いの情報屋だよ。やつらの隠れ家をいくつかリストアップしてもらったから、ひとつずつあたってみよう」

 

 メルヴィンはうなずいた。

 

「チェスター兄さんやヴェルマーさんにも声かける?」

 

「いや、いい。路地が入り組んでるから、少人数のほうが動きやすい」

 

 エリオは微笑していう。
 メルヴィンは表情を曇らせた。

 

「あの……兄さん。今回の誘拐犯は、毒盛り事件の犯人と同一人物だと思う?」

 

 エリオは歩き出しながら、こたえる。

 

「まだわからないよ。ビビからも話を聞いてみないと」

 

「チェス兄さんは、ビビの狂言誘拐だっていってる。僕はそうだと思わないけど、たとえば、毒盛りと今回の犯人が一緒だとして」

 

 メルヴィンはコクリと喉を鳴らした。

 

「もしその犯人が、騎士団の中にいたとしたら、兄さんはどうするの?」

 

「つかまえるよ」

 

 曇天から雪がちらついてきた。
 エリオはフードをかぶるよう弟に促す。

 

「でも、メルヴィン。犯人は外部の者だよ。目星をつけてるって、説明したじゃないか」

 

「それは、そうだけど」

 

 メルヴィンは口ごもった。

 

「でも、毒盛り事件は……あの状況下で、外部の人間が実行可能なのかな」
「いまはビビの捜索に全力を尽くそう」

 

 エリオは空を見上げた。

 

「暖炉のない場所に閉じこめられていたとしたら、ビビの身が危ない」

 

 

 

 

 手足の先に、感覚がない。
 息を吹きかけても、温まらなかった。
 その息も、ひどく白い。

 

 このままでは凍えてしまう。
 体を動かそうとしたが、後頭部と腹部が痛んでできなかった。
 殴られた箇所だ。

 

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 

 ずっと、呪文のように繰りかえしている。
 ガチガチと震える歯から、絞りだす。
 体中が震えるのは、寒さのせいか、恐怖のせいか、わからない。

 

 顔を下に向けるクセがある人は、マイナス思考だって聞いたことがある。
 だから真っ暗な天井を見上げていた。

 

 こういうとき、ヒロインは必ずヒーローに助けてもらえる。
 でも、悪役は助けてもらえない。

 

「大丈夫」

 

 ぎゅっと両膝を抱える。

 

 あたしはいままで悪事なんてしてこなかった。
 どっちかというと、無実のあたしを糾弾するバカチェスターのほうが悪人だ。

 

 ロゼッタの薬草を探したのは、あたしだし。
 祈りだってきちんとこなしてるし。
 悪役らしいことなんて、ひとつもしてない。

 

 それに――、それ以上に、あたしには『魔女狩りの騎士』がいる。
 腹黒だしセクハラだしなに考えてんのかいまいちわかんない奴だけど、あたしにはエリオがいる。

 

「だから、絶対に、大丈夫」

 

 涙をこらえるために、唇をかんだ。

 

 直後、唐突に、がん! と扉が打ち鳴らされた。
 耳をつんざく音に、体が強張る。

 

 次の轟音で、扉が破壊された。

 

 ランプの光が差しこまれる。まぶしくて、目を庇った。

 

「ビビ」

 

 続いて、聞き慣れたやわらかい声が耳を打った。

 

 目が開かない。ランプがまぶしい。足首の鎖がジャラリと鳴った。

 

「――ビビ」

 

 冷えきった手を、引かれた。
 そのままたくましい腕に抱き寄せられた。

 

 あったかい。

 

 どうしよう、あったかい。

 

「エリオ」

 

 名を呼ぶ声が、ひどく震えてしまった。
 エリオの腕に、力がこもる。

 

「無事でよかった」

 

 温かい掌が、髪をなでる。
 それがひどく、心地いい。

 

 体に溜まった冷気がほぐれてゆく。
 力が抜けて、あたしはそのまま、気を失った。

 

 

 

 

 明朝、あたしを拉致したゴロツキたちは、死体で発見された。
 首謀者は、捕まっていない。

 

 

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