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 ケルベロスの数は多く、広範囲にまたがり、周辺被害は甚大だ。殲滅に、あと数カ月はかかるだろう。
 まいったな、とエリオはため息をついた。
 我ながらよくがまんしている。

 

 早く彼女に会いたい。任務を放り出して、ひと目でいいから見に行ってしまおうか。数日なら、コンラートを残していけばなんとでもなるだろう。

 

「都より――、伝令です!」

 

 切羽詰まった大声に、エリオは振りかえった。
 新魔女が立って3カ月経った頃合いである。

 

「聖殿壊滅! 四竜しりゅう襲撃により、騎士団の死力及ばず、聖殿が壊滅しました! エリオ・ロット将軍におかれましては、ただちに四竜討伐へ向かうよう、大公閣下より勅令が下っております!」
「――聖殿が」

 

 エリオは愕然とした。
 ――壊滅?

 

「では、聖女は」
「身罷られました。白騎士団団長、副団長両名も名誉の死を遂げられました。突然の襲撃に、なすすべもなく……!」

 

 伝令は歯ぎしりして、がっくりと膝をついた。

 

 四竜とは、地水火風ちすいかふうを司る4体の巨竜の総称だ。普段は山頂の雲間に生息しているはずである。人を襲うことなど、めったにない。
 討伐団に、動揺が広がっていく。

 

 エリオは乱暴に伝令の首もとをつかみ、引きあげた。

 

「魔女は――ビビ・プライムは無事か?!」

 

 めったにないエリオ・ロットの激昂に、コンラートだけでなく、その場の全員が息を飲んだ。
 伝令はのどを詰まらせつつ、うなずく。

 

「避難が間に合いまして、ご無事でございます」

 

 全身が弛緩する。
 聖女が身罷られたというのに、不敬であることも忘れ、エリオは安堵の息をもらした。

 

「委細、了承した。これより我が討伐団は、四竜征討に向かう」

 

 討伐団全員の顔つきが引き締まった。
 その中でただひとり、ルカ・フリッカーの顔色だけが、優れなかった。

 

 

 

 

 こんなことをしている場合ではない。
 四竜の住まう山へ馬を駆りながら、エリオは胸中に爪を立てた。

 

 ――将軍。こちらが、弟君からの私信でございます。

 

 都からの伝令は、去り際に1通の書簡を差し出した。
 送り主はチェスターだった。

 

 やや直情的だが、正義感が強く素直な性格の弟だ。
 そういえば、チェスターは普段から白騎士団長に可愛がられていた。団長は叔父でもある。彼の死は、弟にとって衝撃的な出来事だろう。

 

 書簡をひらくと、書きなぐったような字が連なっていた。
 追っていくにつれ、眉間に力がこもる。

 

 『竜の卵が聖殿内に隠されていた。
 四竜はこれをとり戻しにきたと思われる。

 

 これは明らかに、何者かの謀略だ。
 誰かが聖殿に卵を持ちこんだんだ。

 

 オレは去年立った新魔女が限りなくクロだと思っている。
 あいつはいつも、次に立つ聖女のことを気にしていた。
 現役の聖女が32歳で健康であるにも関わらず、だ。

 

 新魔女に気づかれないよう、秘密裡に調査しようと思う。
 アニキも戻ってきたら、協力してほしい。
 たぶん新しい『救聖の騎士』には、アニキが選ばれるだろうから』

 

 ――ビビ・プライムが?
 たった17歳の、辺境から出てきた娘が犯人だと?

 

 しかし、たとえ彼女が手管てくだに長けた戦術家であったとしても、自分は彼女を疑わないだろう。

 

「残念ながら、チェスター」

 

 エリオはぐっとたずなを握りしめた。

 

「オレは『救聖の騎士』じゃない。『魔女狩りの騎士』だ」

 

 一刻も早く、四竜を殲滅し、彼女のもとへ帰ろう。

 

 

 

 

 ルカの調子が、思わしくない。
 心ここにあらずという風情で、気づけば都の方角を見つめている。

 

 それでもアルノー山の中腹では、正確無比な剣閃でもって巨竜に立ち向かっていた。
 四竜の力はすさまじい。火は踊り、地は裂け、風は刃となり、水礫みずつぶては人の身を穿った。

 

 精鋭で鳴らした討伐団が、次々に倒れていく。
 エリオも剣を抜き、最前線で戦った。

 

 3カ月に及ぶ激戦のすえ、ついに四竜を討ちとるに至る。
 しかしながらこちらの被害は甚大だ。100名いた団員のうち、32名が死亡、10名が重体、22名が重傷という結果となった。

 

 彼らを手近な診療所に運び、村の集会所も借りて、治療にあたった。
 都は遠く、遺体を運べない。健康な者は、戦友の墓を山中に立てた。また村人や医師を手伝い、夜は広場に天幕を張った。
 貴族であるエリオには村長の客間を勧められたが、固辞した。

 

 疲れた体を天幕の中に投げうった時、外で人の動く気配がした。
 深夜だ。
 外を見てみると、予想通りの人物だった。

 

「どうした、ルカ」
「将軍。すみません、起こしてしまいましたか」

 

 ルカはぺこりと頭を下げる。
 広場に配された長椅子に腰かけて、夜空を見上げていた。都の方角だ。
 エリオは苦笑した。

 

「先に帰らせてやろうか?」
「えっ? なんですか突然」
「いや、それはやはり不公平だな。オレに対して」

 

 ルカは不思議そうにこちらを見上げている。

 

「都ではもう、新聖女が立っているかもしれないよ」
「早馬がきたんですか」
「いや、まだだ。都から離れているから、日夜問わず駆けても10日はかかるだろう」

 

 ルカは沈黙する。
 たった17で、目の覚めるような活躍をした貧村出身の若者は、都に戻ったあと奇跡のような階段を昇るだろう。

 

「次の聖女は、どういう方なんだろう」

 

 ぽつりと、ルカはつぶやく。

 

「ロット家からは白騎士が出るんですよね。帰還後、エリオ将軍は『救聖の騎士』におなりですか」
「さあ、どうかな」

 

 ルカにはまだ、自覚はないようだ。

 

 『救聖の騎士』はその名のとおり、聖女を救う。
 そして『魔女狩りの騎士』は、魔女を狩る。――平たくいえば、殺害する。

 

 聖女と魔女は、つねに身のうちに大量の気脈を巡らせている。
 そのため、少し揺らされただけで深いダメージを負う。
 つまり、精神的なストレスに弱いのだ。

 

 多大なるストレスにさらされ、それが長期に渡ると、聖女と魔女は正気を失う。
 気脈を乱して国を混沌に陥れてしまう。

 

 風はやみ、海流は失われ、気候が荒れて生態系が崩れる。
 草木は枯れ、動物は病み飢えて死んでゆく。

 

 それを止めるのが、『狩救の騎士』の役目である。
 聖女は救える。しかし、魔女の災厄は、『魔女狩りの騎士』が彼女を殺害するまで、止まらない。

 

 そして魔女を狩った騎士は、魔女の呪いを浴び、ともに絶命する。
 これを呪死じゅしという。

 

 エリオは薄く笑った。

 

「オレとしては、『魔女狩りの騎士』のほうが面白そうだと思うけどね」

 

 ルカがまた、不思議そうな顔で、こちらを見た。

 

 狩ることのないよう、彼女の心が沈まないように、全力で護る。
 オレはそれを必ず、成し遂げるだろう。
 なぜなら、まだ見ぬ彼女がこんなにも愛しいからだ。

 

「オレも、会ってみたいな。聖女に」

 

 ルカが、都の星空を見上げて、そうつぶやいた。

 

 

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