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 またしてもあたしは、数日寝込んだ。
 地下室で体の芯まで冷え切ったせいだ。
 軟弱だなぁ、この体。

 

 元気になったころ、エリオがやってきた。
 救出された時以来、彼を見るとなぜか鼓動が高まる。
 今世紀最大に認めたくない感情なので、力づくで抑えつけた。

 

 あたしは一途だからね!
 ルカ様とヴェルマー様に純情を捧げまくってるからね!

 

 とりあえず、紅茶とクッキーでおもてなしをする。
 するとエリオは、穏やかに微笑しながら穏やかじゃないことをいった。

 

「オレになにか隠してることない?」

 

 ブーと、紅茶を吹き出してしまった。
 ああ、せっかくビアンカが入れてくれた高級なお紅茶が……。

 

 ビアンカが速やかにテーブルを吹く。
 エリオは特に気にした風もなく、続けた。

 

「あのとき、どうして下町に行ったの? ゴロツキのアジトに、ピンポイントの場所だったよね」

 

「あー、それはその、たまたま偶然、そっちのほうを見に行きたくなって」

 

 我ながら泣きたくなるほどいいわけがヘタくそだ。

 

「成程。じゃあ、白蓮草を見つけ出す能力があるのは本当? いまからでも、ふたつ目を探し出せる?」

 

 うーわー、意地悪な聞きかた!
 ハナから「君にそんな力はない」って思ってるのがよくわかる。

 

「あのときは必死で……えーと、そう、必死な時にしか目覚めない力なの!」

 

「それじゃあオレがいまから、治葛(やかつ)の毒を呑もうかな」

 

「なっ……」

 

 エリオは口端で笑んだ。

 

「そうしたら、白蓮草を見つけられる? ビビ、君はオレのためなら必死になってくれるだろう?」

 

「ち、ちょっと待ってよ。なんでいきなりそんなこといい出すの?」

 

「隠しごとをされるのは、気分が悪い」

 

 まっすぐにあたしを見据えながら、エリオが穏やかにいう。
 こ、こいつ。
 なんて奴。なんて奴だ。

 

「隠しごとなんて、なんにも――」

 

「ビビは嘘が下手だな」

 

 目の奥を暗くして、エリオが笑った。

 

「いいよ、いまはここまでにしておいてあげる。でもしばらくしたらまた聞くから、もう少しマシないいわけを考えておいて」

 

 ギャー、ムカつくいいかた!
 甘い時はとことん甘いのに、こういう時は容赦ない。
 やっぱ苦手だ、こういうヤツ。

 

 この際いってやろうか。ここはゲームの世界で、あたしはシナリオを把握してるんだって。

 

 でも病院送りになるのはイヤだから、やめておこう。

 

 

 

 

 エリオの意地悪に付き合っている場合ではない。
 まもなく、麗しのスパルタ眼鏡ヴェルマー・ウィングラム様(21)の個別イベントが行われるからである。

 

 ああ、ヴェルマー様。
 冷酷無比な視線、情け容赦ない弁舌。
 序盤からプレイヤーの心を打ち砕く諫言の数々。

 

 しかしながら後半のデレはすさまじく、まさにギャップ萌えの権化と称えられる。

 

 日々、イヤホンから流れるバリトンに身もだえていた。
 それがいまや、ナマで聞けているのである。

 

 これが楽園でなくて、なんなのか!

 

「ビビ様、よだれ」

 

 ビアンカからティッシュをふんだくった。
 とりあえず、ヴェルマー様の対策を考えないと。

 

 先日のメルヴィンイベントは、フラグが立ったのか折れたのかイマイチわからない。

 

 あたしを助けに来てくれたのはエリオとメルヴィンだった。
 手柄をたてたという意味であれば、大成功だ。フラグを回収できてもおかしくない。
 でも、助けたのは聖女ではなく魔女だから、聖女との恋愛が進んだわけではない。

 

 うーん、どっちなんだろう。
 ステータス画面が開けたら一目瞭然なのになぁ。
 こういうとき、現実は不便である。

 

 メルヴィンルートが失敗したのであれば、ヴェルマー様ルートを進めるしかない。
 悲しいけど。ものすっごく悲しいけど。
 でもエリオのバッドエンドを回避するには、しかたのないことだ。

 

 それに、実はちょっと楽しみでもある。
 ヴェルマー様のイベントって、いちいち熱いんだよねー。
 アレがナマで見れちゃうって、ファン冥利に尽きるわー。ぐへへ。

 

「ビビ様、」

 

 みなまでいうな。わかっておる。
 鼻をフキフキしつつ、時計を見上げた。

 

 仕掛けるなら、そろそろかな。
 神儀殿の中庭に、ヴェルマー様を誘おう。

 

 

 

 

「体はもういいのか、ビビ」

 

 ああ、ヴェルマー様があたしを気遣ってくださっている……。

 

 うっとりしていたら返事をわすれた。
 ヴェルマー様は眉をひそめる。

 

「おい。なにをボーっとしている」
「ハ、ハイッ。ごめんなさいッ」
「貴様はいつも、魔女の威厳というものがない。そもそも侍女とふたりだけで下町に行くとはどういう了見だ。毒盛り事件や宝飾店での事件があったあとだというのに、危機感がなさすぎる」

 

 麗しのお顔から容赦なく紡ぎだされる諫言の数々。
 冷気の集中砲火を浴びながら、なおもあたしはうっとりと、そのお声に聞き入っていた。

 

 やっぱいいわぁ……。
 ああ、ヴェルマー様のデレも見てみたい。この気持ち、抑えきれない。

 

「ビビ」

 

 イイお声で突然名を呼ばれ、ビクウッとなった。

 

「おまえ、顔が赤いぞ。また風邪をぶりかえしたのではないか」

 

 氷のように美しいお顔が近づいてくる。
 ヒイイィ。

 

 ぬかりなくササッと差し出されたハンカチを、鼻にあてた。

 

「外は寒いからな。散歩を楽しみたいのもわかるが、今日はもうやめておけ。おい、足もとがフラついているぞ。ひとりで歩けないなら、運んでやるが」

 

 そそそそれはアレですかヴェルマー様がおおおお姫様ダッコなるものをしてくださるということなのですか。

 

 もはや声にならない。助けてビアンカ。

 

「あら、ビビとヴェルマーではありませんか。こんにちは」

 

 愛らしい声がすべりこんできた。ハッと我にかえる。

 

 しまった、当初の目的をカンペキに忘れるところだった。

 

「こんにちはロゼッタ、偶然だねー!」

 

 もちろん偶然ではなく計ったのである。
 中庭の池のまえ。この完璧な布陣!

 

 しかし、あたしの計画に水を差すヤツが1名、くっついていた。

 

「おい魔女。体調が悪いならさっさと部屋へ帰れ。ジャマだ」

 

 あいかわらずムカつきしかもたらさない男だなチェスター・ロット。

 

「全っ然悪くない。久しぶりに外に出られて快適しかないから」
「おまえをロゼッタに近づけたくねえんだよ。いいから帰れ」
「そんないいかたはよくないです、チェスター。わたしはビビとお話したいわ」
「ろ、ロゼッタ」

 

 チェスターはショックを受けているようだ。大好きな聖女から叱られたんだもんね。カワイソー(笑)。

 

「けどロゼッタ。ビビは危険な女だ。オレは白騎士団長として、ロゼッタを護る義務がある」
「ビビはお友達です。危険ではありません」

 

 ロゼッタは、愛らしい瞳を険しくさせた。さすがのチェスターも意気を失ったようだ。

 

「ごめん、ロゼッタ……。でもオレ、おまえのことが心配で。もしいまこの瞬間にも、ロゼッタが害されるかもしれないと思うと、いてもたってもいられないんだ」

 

 チェスターは掌で、ロゼッタの頬を包んだ。愛しくてしかたないという目で見つめている。
 衆目があるにも関わらずラブシーンを繰り広げるのはロット家の血か。

 

 しかしそこに、絶対零度の声が割り入った。

 

「聞き捨てならんな、チェスター。誰に向かって『早く帰れ』などといっている」

 

 ブホっとなにかを吹き出しそうになった。
 こ、この展開は。
 ヴェルマー様は一歩まえに出て、あたしを背中に庇った。

 

 あああ……。
 美味しすぎる。
 美味しすぎるヨ、魔女ポジ!
 なんてたくましい背中なの!

 

「貴様の妄言は聞き飽きた。これ以上我らが魔女を愚弄するなら、黒騎士団長ヴェルマー・ウィングラムを敵にすると思え」

 

 すでにあたしは死に体である。
 ビアンカがササっと支えてくれた。

 

「あんたこそ騙されてるんだ、ヴェルマー。そいつは前聖女が在命中から、新聖女はいつ来るのかしきりに気にしていたんだぞ。そのあとに四竜がきて聖殿が壊滅した。怪しいと思わないのか!」

 

 いやそれは、ロゼッタが来ないとシナリオが始まらないからつい気になっちゃって……。

 

「貴様は私を見くびっているのか」

 

 ヴェルマー様の声が、一段低くなった。

 

「私は騎士だ。騎士とは主に忠誠を誓い、けして裏切らん。貴様の物言いは、私の矜持にかけて、看過できるものではない」
「それはオレだって同じだ!」

 

 チェスターが腕を横に払った。それが綺麗に、ロゼッタにヒットしてしまった。

 

 きゃあ、と可愛らしい悲鳴を上げながら、ロゼッタは池ポチャした。
 雪降る庭の、冷たい池に。

 

「ロゼッタ!」

 

 チェスターとヴェルマー様が慌てて手を伸ばす。
 その後ろで、あたしはフルフルと震えていた。

 

 き……キターー!!

 

 あんたならやってくれると思ってたよロゼッタ!
 ヒロイン池ポチャからのヴェルマー様イベント発動である。

 

 あたしはチェスターの腕を思い切り引っ張った。
 ロゼッタの救出は、ヴェルマー様に任せなければ。

 

「こっち来てチェスター!」
「はあ?! おい、なんだよ!」

 

 チェスターを岩影に引きずりこんだ。

 

「おいビビ、オレはロゼッタのところに」
「しーっ」

 

 チェスターの口をふさいだ。
 池のほうでは、早くもラブシーンが始まっている。

 

「無事か、ロゼッタ!」
「はい、なんとか……」

 

 ロゼッタは寒さで震えている。子ウサギみたいに頼りない。

 

「このままでは冷えてしまう。おまえの部屋に連れていこう」
「待ってください、ヴェルマー」

 

 ロゼッタの細い指が、ヴェルマー様の腕をつかんだ。

 

「あなたはどうして、泣いているのですか?」
「……!」

 

 ヴェルマー様は顔を背けた。

 

「なんでもない。気にするな」
「そんなの無理です。きっとあなたのことが気になって、今夜は眠れなくなってしまうわ」
「ロゼッタ……」

 

 ヴェルマー様は胸をつかれたように、動きを止めた。
 見つめあうふたり。
 いいなぁロゼッタ……。

 

「私は幼いころに、妹を亡くしている」

 

 苦痛の表情で、ヴェルマー様はいった。
 ああダメ。このくだり、涙でてくる。

 

「あのころ私は、4歳の妹を鬱陶しく思っていた。庭で友人と雪投げをしていたところ、妹が割りいってきたのだ。私は無視して、裏庭へ行こうとした。その時妹が足を滑らせて、池に落ちた」

 

 いつのまにかチェスターがおとなしくなっている。
 ヴェルマー様は震える声を絞り出した。

 

「駆けつけたときにはもう遅かった。妹の小さな心臓は、冬の凍えた水温に耐えられなかったのだ」

 

 ヴェルマー様の美麗な目から、涙が流れ落ちる。

 

「おまえが池に落ちたとき、妹の姿と重なった。おまえには関係のない話だ。見苦しいものを見せて、すまなかった」
「見苦しくなんか、ない」

 

 ロゼッタの指先が、ヴェルマー様の涙をぬぐった。

 

「見苦しくなんかないわ。だってこの涙は、癒えない傷そのものですもの。ずっと苦しんできたのですね。そして今も、とてもつらい思いを抱えているのね」
「私が涙を流すのは卑怯な行為だ」
「なぜ?」

 

 ヴェルマー様は、ロゼッタの手をつかんだ。

 

「私が妹を邪険にしなければ、池になど落ちなかった。手を繋いで、一緒に歩いてやれば、妹は死ななかったんだ」

 

 ヴェルマー様の声が、悔恨に震えている。
 ロゼッタは首を振った。

 

「あなたのせいじゃないわ」
「いや、私のせいだ。私が代わりに死ねばよかったのだ」
「あなたのせいじゃない」

 

 ロゼッタの声はやわらかく澄みきっている。
 ヴェルマー様は、涙に濡れた目で彼女を見た。

 

 ゲーム内で流れるモノローグは以下のとおりだ。

 

『いつも厳しく振る舞っている彼に、こんな過去があったなんてーー。

 

 眼鏡の奥の冷たい氷が、涙とともに溶け落ちてゆくのを、わたしは見た。
 彼の悲しみが、そして悔恨が、わたしの胸を強くしめつける。

 

 妹さんの死は、ヴェルマーのせいじゃない。
 そう伝えるために、わたしはーー』

 

 選択
 1.彼をそっと抱きしめた。
 2.彼を力のかぎり抱きしめた。

 

 フラグゲットのための分岐点だ。
 何十回もやったなぁ……。

 

 そしてやはりロゼッタは、取るべき道をまちがえない。

 

「泣かないで、ヴェルマー」

 

 華奢な両腕で、ヴェルマー様をぎゅっときつく抱きしめた。
 ヴェルマー様は目を見開く。

 

「あなたがそんなふうだと、妹さんは心配して、いつまでたっても天国に行けないわ」
「私を、心配して……?」
「ええ、そうです」

 

 ロゼッタは両手でヴェルマー様の頬を包み込んだ。

 

「だから、これ以上苦しまないでください。妹さんのことを思い出すなら、どうか笑顔で。涙を送るのではなく、笑顔を送ってください。そのほうが妹さんは喜びます」
「ロゼッタ……しかし、いまはおまえが」

 

 ヴェルマー様は躊躇したのち、ロゼッタの頬に指を伸ばした。

 

「おまえのほうが、泣いているではないか」
「あれ……おかしいな」

 

 ロゼッタは泣き笑いのような表情を浮かべた。

 

「ごめんなさい。わたしが泣いていたら、だめですよね」

 

 それが、ヴェルマー様の心を撃ち抜いた。

 

 ロゼッタ、とうめくように呼んで、ヴェルマー様の指が彼女のあごにかかる。

 

 ゆっくりと顔を傾け、唇と唇が近づき、重なる直前――がくりとロゼッタが気を失った。
 水の冷たさに体温を奪われて、限界がきたのだ。

 

 ヴェルマー様は慌てて彼女を抱き上げて、聖殿に駆け込んでいった。(いつからどこにいたのか)シャニも後を追う。

 

 3秒後。
 緊張感から解き放たれて、あたしは長く息を吐いた。

 

 終わった……。
 ヴェルマー様のイベントと、あたしの恋が。

 

「な、なんだよ、これ」

 

 チェスターはわなないている。
 ヴェルマーへの同情と嫉妬でごちゃまぜになっているようだ。
 こいつも失恋かな。可哀想に……。

 

「おいビビ。おまえなにを企んでる?」

 

 同情と嫉妬で押しつぶされた結果、あたしにホコを向けることにしたようだ。

 

「おまえのいまの行動はロゼッタとヴェルマーの仲立ちをしているみたいだったぞ」

 

 鋭い。
 ここは認めておこう。

 

「思いあってるみたいだったから、くっつけようと思っただけ。あんたも手伝ってよ、ロゼッタの幸せのために」
「ロゼッタがあいつを好きかどうかなんて、まだわかんないだろ」

 

 チェスターはそっぽを向いた。
 可哀想だけど、あきらめなさい……。

 

 あたしはあえて、話を変えた。

 

「あのさ、チェスター。いっておくけどあたしは、一連の事件の犯人じゃないからね。ロゼッタとは結構仲いいし、前聖女とは話したことすらあんまりないから、嫌いになりようがないし」
「でも状況的におまえしかいないんだ。竜の卵を盗み出せるのは、小竜を操れる魔女にしかできない」
「そんなことできないし。それに竜の卵なら、力の強い剣士なら取りに行けるんじゃないの?」
「それはそうだが……めったにできることじゃない。それこそオレたち騎士団幹部くらいのレベルじゃないと」
「じゃあ内部犯ってこと? チェスターの発言って、問題だらけだよね」
「――本当、穏やかじゃないな」

 

 第三者の声が投げこまれた。
 あたしとチェスターは、目を見あわせた。
 同時に振り向くと、果たしてそこにはエリオが立っていた。

 

 ……いつからいたんだろう。

 

「アニキ、オレの言葉が不穏だっていうなら、教えてくれよ。犯人の目星がついてるっていってたよな」

 

 チェスターが問いただす。
 珍しく意見があった。

 

「そうだよ、教えてよ。あたしいつまでたってもこのバカに犯人扱いされることになるんだよ」
「いまはその時期じゃない。チェスター、おまえはしっかりとロゼッタを護れ」

 

 エリオの笑みは崩れない。
 ダメだ、口を割りそうにない。

 

「……わかってるよ!」

 

 チェスターはそういって、きびすをかえした。
 彼の後姿を見送って、ふいにエリオはあたしの腰を引き寄せた。

 

「なっ、なにすんの」
「チェスターはずいぶんとヴェルマーに嫉妬していたようだけど、ビビはしないの? ヴェルマーが好きなんだろう?」
「……悲しいよ。悲しいけど」

 

 これは自分で仕向けたことだ。
 エリオが不幸エンドにならないなら、そっちのほうがいい。

 

 ……とはいえなくて、押し黙った。
 エリオはくすりと笑って、

 

「ビビは可愛いね」

 

 と、頬にキスを落とした。

 

 またしても脳が臨界になったのはいうまでもない。

 

 

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