前へ 表紙 次へ

 

 朝、暖炉のきいた部屋はほどよく頭がぼんやりする。
 朝食を終え、あたしは窓の外を眺めていた。
 ああ、ヴェルマー様に失恋したセンチメンタリズムよ。

 

 そろそろ大本命の正ヒーロー、ルカ様イベントが始まるころだなぁ……。
 ロゼッタとルカ様がくっつくとエリオが幽閉されちゃう。
 ここはきっちりフラグを折っておかないと。

 

 と思いつつも、ぼんやり窓を眺めていると、ロゼッタとシャニを見つけた。
 ねずみ色の空のした、周囲を気にしながら林のほうへ向かっている。ふたりとも、大きなバスケットを抱えていた。

 

 どこにいくんだろ……。
 ……。
 ………。

 

「あーーー!!」

 

 ガバっと椅子から立ち上がった。
 ビアンカが怪訝な視線を送ってくる。

 

「も、もう始まっちゃってた!」

 

 ロゼッタが、周囲を気にしながら荷物を片手に林へ行く。
 これはルカ様イベント発動の序曲である。

 

「ビアンカ、行くよ!」

 

 あたしは扉へ駆けだした。
 ビアンカはふたり分のコートをひっつかんで、慌てて追ってくる。

 

「おっと」

 

 扉をひらいた瞬間、ぼすっと顔が埋まった。こ、この声は。

 

「どこへ行くの、ビビ?」

 

 顔は笑っていても、目は笑っていない。エリオはあたしのあごを持ち上げる。

 

「最近物騒だから、ひとりで出るなといってあるよね」
「あー、いやちがうちがう。廊下で反復横飛びの練習でもしようかと思って」
「ビアンカは外出用のブーツとコートを持っているようだけど」

 

 ダメだ、口で勝てるはずがない。
 あたしは話題をぶっこむことにした。

 

「ロゼッタとシャニがふたりだけで林のほうに向かったのを見たの。エリオのいうとおり、最近物騒でしょ? だから騎士の誰かに知らせにいこうと思って」
「成程」

 

 エリオは片眉を上げた。

 

「そういうことならオレが見てくるよ。ビビは部屋で大人しく待ってて」

 

 それだとフラグ折れないじゃん!

 

「あたしも心配だから行く! ほら、魔女の特殊能力が役に立つかもしれないでしょ」
「やっぱり外に出ようとしていたんだな」
「それと、白騎士も呼んだほうがいいよ! ルカ様なんていいんじゃないかな。チェスターはアレだし、メルヴィンは今日はえーと、出かけるっていってたし」

 

 てきとーに嘘つきました、ごめんメルヴィン。

 

「しかたないな」

 

 エリオは苦笑した。

 

「可愛いビビの頼みだ。乗ってあげるよ」

 

 頬に軽くキスされる。コイツめ。
 でもこれは渡りに船かもしれない。エリオがいれば安心だし、ルカ様も呼べる。
 ルカ様を連れていかないという手法もあるけど、知らないうちに動かれるよりは、近くで監視できるほうがいい。

 

 こうしてあたしとエリオ、ルカ様と、ついでにビアンカも一緒に裏庭の林へ出発した。

 

 

 

 

「足跡はここまでだな」

 

 地面を確かめながら、ルカ様がいった。
 林は途中から岩場になっている。日当りがいいから、雪は早々に溶けていた。

 

 ひととおり岩場を探してみたが、見つからなかった。あたしは居場所を知っている。でもあんまり早く「ここだ!」といい出すのも、またバカチェスターから容疑者扱いされそうで気が引けた。

 

 ルカ様とエリオなら、あたしが教えなくてもきっと自力で見つけるだろう。
 あたしはせっせと探すフリをしていた。

 

「見つからないな」

 

 ルカ様が形のいい眉を寄せた。王子様フェイスの苦悩、超カッコイイ。

 

「エリオさん。今回のことも、一連の事件を関係してると思いますか」

 

 静かな口調だけど、鋭い芯が通っている。

 

 ルカ様がエリオに敬語を使うのには理由がある。
 ルカ様は、エリオが将軍を務めた三頭狼ケルベロス及び四竜しりゅう討伐団に在籍していた。つまり、元上官というわけだ。

 

 エリオはいつものように笑んだ。

 

「どうかな。ロゼッタが自分から行ったなら、関係していないとは思うけど」
「エリオさんはなにか隠していますよね。ちがいますか」

 

 ピリ、と空気が緊張した。
 え、なに? なにごと?

 

「オレは貴方の討伐団に入っていた。だからエリオさんの手腕は知っています。ならば、犯人を野放しにしている理由はなんですか」
「オレも、ルカが優秀な部下だという認識は変わらないよ」

 

 だからなにも聞くな、と言外にいっている。ルカ様はきつく眉を寄せた。

 

 エリオはこうと決めたら外野がワイワイいっても覆さない性格だ。口を割らせるのは至難のわざである。ルカ様も、それは充分わかっているだろう。

 

 あたしとしては、エリオとヴェルマー様がなにを隠していようと気にならない。悪いことにはならないという信頼感があるからだ。

 

「ルカ様、いまはロゼッタとシャニを優先しようよ」

 

 なるべく明るい声で割りこんだ。でも、ルカ様の険は晴れない。

 

「やみくもに探すより、もし詳細を知っている人がいるのなら、そこから聞きだしたほうが早いと思ったんだ」
「……そのいいかただと、ルカ様はエリオを疑ってるみたい」

 

 いくらルカ様でも、それは見過ごせない。

 

「エリオはあたしやロゼッタに不利になるようなことはしないよ。絶対にちがう」
「犯人と疑ってるわけじゃないよ。ただ、エリオさんとヴェルマーはなにかを隠してる」
「それは捜査上必要だからでしょ。エリオは疑われるような悪いことなんてしてないよ」

 

 つい口調に必死さが滲んでしまう。
 ルカ様はふと我に返ったように、あたしを見返した。

 

「――ごめん。いいすぎた。君を責めたかったわけじゃないんだ」

 

 透明感のある、優しい声だ。ずきゅーんと胸が撃ちぬかれる。そしてあたしの侍女は抜かりなかった。

 

「い、いいいの。わかってくれれば」
「あのあたりを探しても見つからなかったら、チェスターたちを呼んで本格的に探そう」

 

 捜索が再開された。鼻をフキフキしつつ、よろよろと岩場を歩く。

 

 ただこれだけはいっておかなければ。あたしはこっそりエリオの服をつかんだ。

 

「ちょっとエリオ」
「ん、なに?」
「なんでいい返さないの」

 

 あたしは怒ってる。あからさまに疑われたのに、反論ひとつしなかった。

 

「ちゃんと自分でいい返さないと、どんどん悪い方向へいっちゃうよ」
「ビビが怒ってくれたから、それでいいよ」

 

 エリオはあたしの頭を撫でた。

 

「ありがとう」
「……。どういたしまして」

 

 コイツはなんでいつもこんなに余裕なんだろうか。つねにギリギリのあたしを見習え。

 

 たぶん、ルカ様がいきなりあんなこといいだしたのには理由があると思う。
 ロゼッタがなかなか見つからないから、焦っているのだ。
 仲間思いのルカ様は、普段ならいきなりあんなふうに突っかかってきたりしない。

 

 ……しかたない。
 あたしは顔を上げた。

 

「あーっ、いまなんかピンときた!」

 

 立ち止まり、声を上げた。
 なにごとかと全員がふり向く。

 

「魔女の能力が、聖女の居場所を突き止めたよ!」

 

 拳をにぎって、そういい放った。
 ビアンカが疑わしげな視線を投げてくる。ええい、ヤメロ。

 

 あたしが見つけると、またチェスターにあらぬ疑いをかけられてしまう。
 イヤだけど、エリオがヘンな目で見られるのはもっとイヤだ。

 

 あたしは両目を閉じて、指をこめかみにつけた。

 

「うーん、林の西に川が見えます。その近くに、洞穴ほらあなが見えます。なんとそこに聖女と侍女の姿が!」
「……」
「……」
「……」

 

 沈黙である。
 そっと目を開けると、3対の疑わしげな視線があたしに突き刺さっていた。無情すぎる。

 

「うーん、まあ、他に手がかりもないし、行くだけ行ってみようか」

 

 エリオがいった。あんたあたしの騎士ならイの一番に信じろよ。

 

 

 

 

「本当に、いた」

 

 ルカ様が目を丸くした。
 ロゼッタとシャニは、同時にビクっと肩を跳ねさせる。小さな洞穴に慌ててなにかを押しこんで、こちらを振り向いた。

 

「ど、どうしたのですかみなさん。こんな寒いところへ、おそろいで」
「君たちを探しに来たんだよ」

 

 安堵の息を吐きつつ、ルカ様はロゼッタに近づいた。髪に引っかかった葉をそっと払う。

 

「心配で、頭がおかしくなりそうだった」

 

 聞く者の胸を締めつける声音だ。うああやっぱルカ様いいなぁ、あたしのことも心配して! いろいろと可哀想だから!

 

「……ごめんなさい」

 

 ロゼッタは、煌めく瞳をそっと伏せる。
 水晶みたいに綺麗な瞳だ。

 

「それで、ロゼッタ」

 

 笑みを浮かべつつ、エリオがいった。

 

「君たちがうしろに隠しているものを、見せてくれないか」

 

 サッと、ロゼッタが青くなった。

 

 ここからがルカ様イベントの本番だ。きっちりしっかりフラグを折るぞ。

 

「な、なにも隠していません」

 

 あたしとロゼッタ唯一の共通点、それはウソがヘタだということである。
 ルカ様がなにかに気づいて、ロゼッタの肩をつかんだ。

 

「見せてくれ」
「だめですルカ、やめて」

 

 細い腰を抱き寄せるようにして、ルカ様はロゼッタを洞穴から遠ざけた。
 果たしてそこには、1匹の仔犬が、震えながら丸まっていた。

 

 本来なら、「うわあ可愛いもふもふわんこ!」と頬ずりでもかますところだが、そうは問屋が卸さない。
 仔犬には、なんと頭がみっつあった。
 ひとつの胴体に、頭がみっつ。
 一枚絵スチルで見たことがあるけど、実物には腰が引けた。

 

「下がって、ビビ」

 

 エリオがあたしを後ろに回す。
 右手は腰の剣にかかっていた。

 

 愕然と、ルカ様はいった。

 

「これは、ケルベロス……?! ロゼッタ、どうして君がこんなものを匿ってるんだ」
「ご、ごめんなさい。でもこの子、たったひとりで震えていたの。見捨てておけなくて、わたし」

 

 ロゼッタはポロポロと涙を流した。ルカ様はロゼッタを抱き寄せたまま、絶句している。
 エリオが短くいった。

 

「まだ残っていたのか。オレのミスだ」

 

 剣を引きぬく。ロゼッタがのどを引き攣らせた。

 

「だめ! やめてください、エリオ!」
「彼女を抑えていてくれ、ルカ」
「待ってください、エリオさん」

 

 ルカ様が割りこんだ。ロゼッタをシャニに預け、前に出る。

 

「オレがやります。ロゼッタが匿っていた魔獣だ。これは白騎士の役目です」
「……。いいのか?」

 

 ルカ様はうなずいた。ややあって、エリオは剣をサヤに収める。

 

「ルカ」

 

 震える声で、ロゼッタがいった。

 

「お願い、やめて。その子はなにも悪いことしないわ。人に懐いてるの。わたしの顔を見ると、尻尾をふって嬉しそうにするのよ」

 

 ルカ様は、ぐっと剣をにぎりしめた。
 ロゼッタは涙を零していい募る。

 

「殺さないで、ルカ。お願い、その子を助けて」

 

 ……これは、イベントなんだけど。
 そしていまからあたしが取る行動は、フラグを折るためのものなんだけど、多分に本音が混じっていたと思う。

 

 あたしはエリオをおしのけて、声を上げた。

 

「そうだよルカ様、その子を殺したりなんかしたら、末代まで祟られるんだから!」

 

 ルカ様がびっくりした顔でこっちを振りかえった。
 あたしは徹底的にロゼッタの側につかせてもらう!
 なぜならここでルカ様がケルベロスを殺すところが、重要なフラグになっているのだ。

 

 一時的に好感度が下がり、ロゼッタとルカ様はぎくしゃくする。
 でもそれはすべて次のイベントの布石になっている。

 

 だから、ケルベロスを殺させない。
 そうすれば、次のイベントにつながらないのだ。
 わんこが死ぬのを見るのもイヤだ。

 

「動物虐待、絶対ダメ。いくら危険だからって、こんな小さい子を殺すなんておかしいよ。人に懐いてるっていうし、問題ないじゃん」

 

 ロゼッタは救いを見つけたかのように、顔を輝かせた。
 美少女に頼られる。悪い気はしない。

 

「聖女と魔女のふたりがやめろっていってんだよ。これは大自然からの重大な啓示だよ。だからこの子は保護します。聖殿と裏殿で飼っちゃおうよ」
「そうですねビビ。それがいいです」

 

 ロゼッタがぱちぱちと手を叩いた。
 いまのあたしは悪役どころか正義の味方である。

 

 しかし、背後からゾクリとするほど穏やかな声が滑りこんできた。

 

「ビビ。わがままはそのあたりにしておいたほうがいい」

 

 うう、悪役に負けるもんか。

 

「わがままじゃないよ。これは啓示だっていってるでしょ」
「安っぽい同情はよくないな。それともなにかほかの理由でも? いずれにしろケルベロスは処分する。魔女と聖女のあずかり知らぬところで、幾人の民が彼らの牙にかかったか、それがどれほどの地獄だったのか、想像するくらいはできるだろう?」

 

 静かな口調なのに、威圧感が凄い。あたしはあんたのためにフラグ折ろうとしてんだよ。察してよ。

 

「でも懐いてるなら問題ないじゃん。人を襲ったりしないよ」
「それは幼体だからだよ。成体になれば、人を食い殺す。厳密にいえばそれは動物じゃない。魔獣と呼ばれるものだ。奴らはけっして人に懐かない」
「でも……じゃあ、危険だとわかったら、そうすればいいよ。まだわかんないでしょ。懐いたままかもしれないでしょ」
「ビビ」

 

 エリオの声質が変わった。穏やかさが抜け落ちている。

 

「奴らは単体で繁殖する。1匹でも見逃せば、あとはネズミ算式に増えていく。危険だとわかってからでは遅い」

 

 こういう時、エリオが悪役騎士だということを再認識する。

 

「君が危険に晒されてからでは、遅い」

 

 目を見ているだけで、背筋がぞくりとするのだ。

 

「……でも、」
「ルカ、代わってくれ」

 

 ルカ様は一瞬、躊躇した。
 それから意を決したように、退いた。

 

 ――エリオが斬れば、フラグはたたない。
 でもあたしは、エリオにそれをしてほしいなんて思ってなかった。
 ケルベロスを殺さなければいいんだとばかり思っていた。

 

『奴らは単体で繁殖する。1体でも見逃せば、あとはネズミ算式に増えていく』

 

『幾人の民が彼らの牙にかかったか、それがどれほどの地獄だったのか、想像するくらいはできるだろう』

 

 甘かった。
 あたしは、甘かったのだ。

 

 エリオの広い背中の向こう側で、短い鳴き声が聞こえた。

 

 

 

 

 フラグは折れた。
 でも、後味が悪すぎた。

 

 こんなのはもうイヤだ。
 でも投げ出すことはできない。

 

 だってあたしが決めたんだ。
 この世界で生き残ってやるって。エリオも助けるんだって。

 

 だからがんばろう。
 もうすこし、あとすこしだから、終わりまでがんばろう。

 

 

前へ 表紙 次へ

 

 このページにしおりを挟む
 トップページへ戻る