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「こうやって、仲も深まったことだし」

 

 ソファに腰かけ、あたしを後ろ向きに自分の足に座らせながら、エリオはいった。

 

「お互い手の内をさらそうか」

 

 たくましい腕に、抱きこまれている。
 耳もとで囁かれるから、吐息がくすぐったくてゾクリとする。

 

「ね、ねえエリオ、もう離して」
「嫌だ」

 

 熱い舌で、ぺろりと耳殻を舐められた。

 

「ひゃああっ」
「新鮮な反応だな」
「な、な、な、」
「オレに秘密で他の男と食事に行ったんだろう? お詫びの気持ちを見せてくれないと」
「他の男って、ルークだよ?!」
「充分じゃないか」

 

 あごを取られ、口付けられる。

 

「もうビビはオレのものなんだから、オレ以外の男とふたりになるのは許さないよ」
「エリオのものになった覚えはないっ」
「告白だけでは足りない? 大胆だな、ビビは」

 

 エリオの笑みが深まった。
 身の危険を感じて、ぶんぶん首を振る。

 

「足りてる、充分足りてる」
「本当に? 肌が熱くなってるようだけど」

 

 首すじを、長い指が伝った。

 

 やばい、このままじゃずるずる流される。
 あたしは慌てて話を変えた。

 

「それで、手の内をさらすってどういうこと? 隠してることぜんぶ教えてくれるの?」
「ああ、いいよ。ビビが全部話してくれたらね」

 

 言葉に詰まった。
 つまりあれか。
 転生のくだりから話せということか。

 

「でもぜんぶ話すと、エリオに頭おかしいって思われる」
「思わないよ」
「絶対?」
「うん、絶対」

 

 なんだかうまいこと流されてるような気がするけど、もういいや。
 事件の真犯人がどうとか、あたしには手に負えない。

 

 転生したくだりからの話を、洗いざらい打ち明けた。
 つたない説明だったけど、エリオは最後まで聞いてくれていた。

 

「……それで、あたしたちは逆ハーエンドで死んじゃうの。エリオは、ルカ様エンドで生涯幽閉で、バッドエンドでロゼッタと行方不明になる。だからあたし、ロゼッタとメルヴィンをくっつけようと思って」
「成程ね」

 

 エリオはしばらく沈黙した。

 

「うん、わかった。そういうことだったのか」
「信じてくれるの?」
「信じるどころか、いままでの疑問が氷解して、スッキリした気分だよ。ビビの言動は腑に落ちないことばかりだったからね」

 

 エリオは笑みを浮かべて、頬にキスを落とした。

 

「話してくれてありがとう」
「エリオ、ショックじゃない? 自分が作られたキャラクターだって知って」
「いや、全然」

 

 あっさりとエリオはいった。

 

「結局つきつめれば、どんなものも造作物だ。造り手が神なのか、大自然なのか、はたまた人の手なのか、それくらいのちがいしかないよ」
「そ、そういうものなのかな」
「オレはビビがいてくれたら、それでいい」

 

 エリオには臆面も際限もないようだ。

 

「それで、ルークとはなにを話したの?」
「実はそっちのほうが話しにくいんだけど」
「もしかして愛の告白でもされた?」
「ち、ちがうよ」

 

 あたしは慌てて首を振った。

 

「そうじゃなくて、ルークはエリオのことを疑ってた」
「ふふ」

 

 エリオは笑った。その笑みが、黒い。

 

「面白いな。いいよ、全部教えて」

 

 エリオの笑みに怯えながらも、あたしはあらいざらい話した。ごめんルーク、事件を早く解決するためなの。

 

「成程、浮竜の卵ね」
「うん。でも、あたしはエリオじゃないって否定しておいた。納得はしてくれなかったみたいだけど」
「信じてくれて嬉しいよ」

 

 エリオは再び、黙考した。

 

「でも、そうか。それならやっぱり、犯人はルークだな」
「そう、犯人はルーク……って、ええ?!」

 

 ベタな反応をかえしてしまった。

 

「な、なんでルーク?! いい人だよ?!」
「いい人じゃないよ」
「いい人だって! 病気のお母さんを心配して、お見舞いだって欠かさないし」
「ビビのいい人の判断基準はそこ?」

 

 エリオは苦笑した。「浅いな」とでもいいたいんだろう。うう、ムカつく。

 

「着眼点は悪くないんだけどね。たぶん、すべてのきっかけは母君だ」
「話が見えないよ。あたしぜんぶ話したんだから、エリオだって教えてよ」
「約束は守るよ」

 

 エリオはにっこり笑った。
 そして衝撃的な事実を口にした。

 

「ルークは妾の子でね。前白騎士団長が父親なんだ。オレの叔父にあたるんだけど」
「え?! めかけって、不倫の子ってこと?」
「そうなるのかな。叔父は英雄色を好むっていうのを地で行く人だったから、よそで作った子が何人もいるよ」
「……。それ、この国では許されるの?」
「法に違反してるわけじゃない」
「エリオもそういうタイプ?」
「オレは、愛する妻がひとりいれば充分」

 

 恋愛体質の黒騎士は、甘く笑った。

 

「ルークのことも認知はしてたらしいんだけど、ルーク側のほうが妾宅を出たらしいんだ。いまは都外れにルークが買った家に住んでるよ」
「ロット家の妾宅っていったら、きっと豪華なんでしょ? なんでわざわざ出ていったの?」

 

「ルークの母君はとても綺麗な女性でね。叔母の――本妻の不快を買ったんだ。やっかみだよ。妊娠中、嫌がらせにあいストレスで幾度も流産しそうになったらしい。難産でやっとルークを産んだけど、産後の肥立ちが悪く、ひどく病弱になってしまったんだ」
「そんな、酷い」

 

 女の嫉妬は怖い。

 

「そんな生い立ちで、よくルークはひねくれずに育ったね」
「オレの話、聞いてた?」
「うん」

 

 エリオは苦笑して、あたしの髪を指先で梳いた。

 

「ルークはひねくれまくってるよ。四竜に聖殿を襲撃させ父を殺し、ロゼッタに毒を盛り、ビビを拉致監禁した。ルークは父親にまつわるものすべてを体中で憎んでいる」
「どうしてそこまで」
「我が叔父の不手際なんだが」

 

 エリオの声が低くなった。ため息をつく。

 

「ヴェルマーから聞いた話なんだけどね。ルークが黒騎士に選定された直後、両騎士団合同で歓迎会を行ったらしい。その時叔父は、ルークの顔を見ても思い出しもしなかったようなんだ。さらに悪いことに、『おまえの顔は昔好きだった女に似ているな。いまはもう関係ないが』と心ないことをいったんだ。周囲の騎士団の面々は、叔父におもねったつもりなのか、『団長はモテますからね』と一緒になって大笑い。前聖女もその中に混じっていたらしい」
「……ひどい。ルークが可哀想だ」

 

 あたしはぎゅっと手をにぎりこんだ。
 それを両手で包んで、エリオが続ける。

 

「四竜襲撃が起こったのは、その1週間後だよ」
「……動機はわかった。でも、証拠がないよ」
「ルークが『浮竜の卵』といったことが、証拠だ。言質というやつさ」

 

 お手柄だよビビ、とエリオは頬にキスをする。

 

 さっきから事あるごとにキスされてるのはどうしてだろうか。 
 そのたびに心臓がおかしくなるから、いい加減やめてほしい。

 

「仕込まれた卵が『浮竜の』卵だという事実は伏せている。オレとヴェルマーしかしらない。わかるかい、ビビ。これは、犯人しか知り得ない情報なんだよ」

 

 あたしは茫然とした。
 これはもう、決まったようなものだ。

 

「ルークは……どうなるの」
「捕縛する。ヴェルマーに報告後、すぐに」
「物的証拠は、なくても大丈夫なの?」
「本当は、ビビが監禁された直後に、捕えたかった」

 

 エリオはあたしの頬を両手でつつんだ。
 深い色の双眸に、見下ろされる。

 

「胃の腑が煮えた。もしビビになにかあったら、奴を殺していた」

 

 ぞくりと背すじが冷える。
 本気でいっているのが、わかった。

 

 ふと、エリオは表情をやわらげる。

 

「ゲームでオレとヴェルマーを見てたらわかると思うけど、まず間違いはない。大丈夫、この件はオレにまかせて。ビビはいままでどおり、のんびり過ごしていればいいから」

 

 たしかに、ヴェルマー様とエリオの調査なら、確実だろう。

 

 でもできれば、まちがいであってほしい。
 往生際悪く、あたしはそう思った。

 

 

 

 

 でも結局、あたしの願いは叶わなかった。
 その日の夜、エリオとヴェルマーは、寝室にいたルークを拘束。
 問い詰めたら、犯行を自白したらしい。

 

「母さんが苦しんでいるのに、母さんを忘れてのうのうと生きているあいつが憎かった。母さんを笑いものにした騎士団の連中や聖女も許せなかった」

 

 ルークの母親は踊り子で、神儀殿のまつりごとで踊りを披露した際に、当時まだ若かった白騎士団長に見初められたらしい。

 

「母さんの命はもう長くないと医師からいわれた。騎士団に関わらなければ、こんなことにはならなかったんだ」

 

 毒を盛ったのは、聖女憎しでやったこと。ロゼッタに個人的な恨みはなかったけれど、聖女というだけで許せなかったらしい。

 

 あたしを監禁したのは、自分から捜査の目をそらすため。
 魔女の騎士である自分を疑うことはないだろうという予測だったらしい。

 

 だからあたしにだけ、犯行が甘かったのか。
 閉じこめられただけで、ひどい暴力は振るわれなかった。

 

「ねえエリオ。ルークはどうなるの?」
「普通なら死刑だよ」

 

 体が強張った。
 そっと抱きしめられる。

 

「ただ、聖女から助命嘆願書が出ている。もしかしたら幽閉に減刑されるかもしれない」
「ロゼッタが?」

 

 殺されかけたというのに。
 慈悲深い、やはりロゼッタは生まれながらの聖女だ。

 

「それでも一生牢から出られない。死んだ方がマシかもしれないな」
「そうかもしれない。でもエリオ、あたしも助命嘆願書書いてもいいかな。魔女が出したんじゃ、ムダかな」

 

 エリオは苦笑した。

 

「そういうと思った」
「あたし後悔してる。ゲームのシナリオ、知ってたんだ。現在進行形で悩みを――病気のお母さんを抱えてるキャラは、ルークだけだった。ルークとはしょっちゅう出かけてたのに、あたしはフラグばっか気にして、力になれなかった」
「ビビが気にするのは、納得がいかないけれど。でも魔女に力がないというのは、誤解だよ。魔女は畏怖される存在だ。充分に力を持っている。それがこんなに可愛らしい女の子だとしてもね」

 

 頭のてっぺんにキスが落ちる。
 この人、いつでも余裕だなぁ。

 

「エリオは悲しくないの? 仲間が犯罪者だったんだよ」
「オレに仲間なんていたかな」

 

 そういえばこういうヤツだった。

 

 その時、扉がノックされた。
 ビアンカの声がする。

 

「ビビ様。チェスター様がいらっしゃいました」

 

 可哀想にビアンカ、またエリオに締め出されてたんだった。

 

 ていうかチェスター? イヤだなぁ。イヤだけど会ってやるか。

 

 扉が開き、気まずそうに耳を赤らめたチェスターが入ってきた。
 エリオの姿を見て、ぎょっとしている。

 

「アニキ、来てたのか」

 

 エリオは穏やかに笑む。

 

「オレに気にせず、会話してくれていいよ」
「あ、ああ……。ええと」

 

 チェスターは口ごもっている。気味悪いな。

 

「なに? いいたいことがあるならさっさといってよ」
「――すまなかった!」

 

 勢いよくチェスターは頭を下げた。
 危うく槍でも降ってこないか空を確かめた。

 

 こいつがあたしに謝るなんて、なにごと。

 

「ど、どうしたの。変なものでも食べたの」
「犯人はルークだった。おまえじゃなかった」

 

 あたしはまばたきした。
 ――ああ、そのこと。
 いろいろありすぎて、チェスターの発言なんてすっかり忘れていた。

 

 チェスターは顔をあげて、真剣な顔であたしを見る。

 

「殴ってくれ」
「え?」
「思いっきり殴ってくれ。オレはおまえに最低なことをした。オレも自分で自分が許せない。けじめをつけたいんだ」
「わかってくれたんならべつにいいよ。殴るとか、そういうのあたしムリ」

 

 あたしは首を振った。
 ルークの逮捕が衝撃すぎて、もうチェスターへの怒りなんて残ってない。鬱陶しさは残ってるけど。

 

「遠慮しなくていいから」
「だから、いいって。殴るなんてそんな、」

 

 ――どかっ。

 

 チェスターが文字通り、吹っ飛んだ。
 背を壁に叩きつけられ、床の上でうめいている。

 

 な。
 なにごと?

 

「よくいった、チェスター。さすがオレの弟だ」

 

 固めた拳をほどいて、エリオは涼しげにいった。
 あたしはわなわなと振りかえる。

 

「あ、あんた、また実の弟を」
「自分から来なかったら、オレから乗りこんでいくところだったよ。手間が省けたな」
「チェスターしっかりして! ビアンカ、お医者さん呼んでーっ」

 

 ああ、やっぱり悪役騎士と悪役魔女のカップリングなんて、ロクな結果しか生まないのかもしれない。

 

 

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