ネット小説 【銀の翼】 act1 シア(1)

ネット小説 【銀の翼】 act1 シア(2)

 

 深夜である。
 少女はただ、逃げていた。

 

 大通りから、少し外れた裏街道。昼間でも薄暗いこの道は、王都に巣くう暗い闇の温床だ。きらびやかな中心地を外れると、そこはドラッグや禁じられた魔法具がはびこる闇世界である。
 いつまで逃げられるのだろうか。でも、捕まるわけにはいかなかった。
 クレイのために。

 

「!」

 

 足元から炎が上がる。ここにも『結界』が張られていたのだ。これ以上は進めない。固い涙を喉の奥で飲み込んだ。
 どうしてこんな事になってしまったのか。いつもと同じ日常だったのに。そう、今日の昼、『あの少年』が訪ねてくるまでは。

 

 

 

 

「だからアレスは、いつもいつも呑み過ぎなんだよ。ちょっとは自重しろよ」
「いいじゃないかタマの事なんだから。せっかく依頼人サンが無料ビール券をくれたんだ、使わない手はないでしょ」

 

 冷えた星空の下。
 千鳥足のアレスは、ひたすら上機嫌である。モノには限度があるだろ、とエステルは溜息をついた。生まれつき色白の頬が、深夜の冷気にさらされて赤い。
 エステルが、兄のアレスと探偵業を始めて、もう何年になるだろうか。馴染みの依頼人が、アレスの酒豪っぷりを知って、たまにビール券をくれるのだ。今夜の記録は18杯。ちなみにグラスではなく、ピッチャーである。

 

「おーもーいーっ。もたれかかるなよアレス」
「いい夜だなぁエステル。月は金色、星は銀。仕事は成功、商売繁盛! ビールがうまい人生に乾杯だー」
「そのうちビールっ腹になってぶよぶよのオヤジになるぞ」
「そんな風になってもモテちゃうんだろうなー、いい男だから」

 

 完全に出来上がっている。エステルは投げやりな気分で、白い外套(がいとう)の前合わせを引き寄せた。
 どうせ、こんな風になっていても、目の前に美女が現れたりしたらすぐにキリっとするに決まっているのだ。中身は奔放だが、見た目は涼しげな美青年である。悔しいが、モテる。そしてエステルはモテない。同じ血が流れた妹なのに。
 いや、『同じ血』どころではない。アレスとエステルは、男女の違いこそあれ、遺伝子的に限りなく近い。
 双子なのだ。

 

「どうしたのエステル。スネてるの?」
「なんでだよ」

 

 アレスに覗き込まれ、エステルは慌てて彼を押しのけた。

 

「安心しなよ、エステル。君は可愛いよ。たとえ寸胴で痩せっぽちで考えが足りない猪突猛進型のくせに実は内心グジグジ悩んでばかりいるエステルは、世界で一番可愛いオレの妹だよ」
「まったく全然、褒めてない」

 

 エステルは無表情で突っ込む。この程度の暴言は聞き慣れている。早々に話題を変えることにした。

 

「仕事成功はいいけど、アレス今日もまた一人で突っ走ったよな。凶悪犯は危ないから、2人で一緒に動こうって、あれほど約束したじゃないか」
「しょうがないでしょ、エステルの足が遅いんだから」
「アレスの脚力は非常識なんだよ」
「凶悪犯には、オレだけで充分コト足りる」

 

 言い切って、アレスは笑った。

 

「前線はオレ、後方支援はエステル。『能力』適正を考えると、それが一番いい配置だよ」

 

 エステルは押し黙る。それを言われると、反論のしようがない。

 

「……綺麗だなぁ」

 

 ぽつりとアレスが呟いた。何が、とエステルは仏頂面のまま聞く。

 

「エステルの目と髪の色。こういう寒い夜に、星空の下で見ると、すき透るみたいで一層綺麗だ」
「ば、ばかっ。おまえも一緒だろ。双子なんだから」
「全然違うよ」

 

 アレスは笑って、エステルの頭にぽんと手のひらを乗せた。

 

「エステルは女の子だから」

 

 エステルの髪色は、絹糸を月光に透かしたような銀だ。瞳は色素のごく薄い、繊細な紫である。昔からこの色合いを褒められることは多かった。でもそれは、アレスも一緒である。
 エステルは眉を寄せて、うつむく。

 

「……女とか男とか、よく分からないよ」

 

 沈黙が落ちた。しまった、と思った瞬間、ニンマリとアレスが笑った。

 

「まーたまた、カマトトぶっちゃって。ほんとは興味津々なんでしょ、男女のアレとかコレとかソンナコトとか」
「ちがーうっ! おまえはほんとに、いつもいつもーっ」

 

 エステルが顔を真っ赤にするのを、アレスがケタケタ笑う。けれどふと、アレスが目を上げて、空を見た。

 

「何か聞こえなかった?」
「え?」

 

 エステルは眉をひそめる。瞬間、鋭敏なエステルの『魔法感度』に、ザクリと何かが突き刺さった。

 

「……結界」

 

 間違いない。火を纏う結界――『炎界』(エンカイ)の発動だ。

 

 

 

 

ネット小説 【銀の翼】 act1 シア(2)

 

 

 

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