ネット小説 【銀の翼】 act1 シア(3)

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 『アーク』(剣能力者)はただ念じるだけで、自分の剣を手元に呼び寄せることができるという。
 なぜなら剣は、彼らの躰そのものだから――。

 

「おまえ『アーク』か……?! 結界をどうやって壊した? あれは『リリス』(魔法能力者)にしか壊せないはず――」
「動くと皮膚が裂けるよ。オレのは切れ味が優秀でね。分厚い外套越しでも簡単に穴があく」

 

 どこか楽しげに、青年は告げる。

 

「今すぐここから立ち去って、彼女の前に二度とあらわれないと誓うなら、ここまでにしておいてあげるよ。どうする?」
「何も知らないくせに……! 死ねよ、おまえ!」

 

 グ、と白銀の剣がキールの背中を押し込まれた。それはほんの数センチのことだったのだが、キールの薄汚れた外套に穴をあけるには十分だったようだ。引きつった声が、キールから漏れる。

 

「オレは人殺しをしない主義なんだ。感謝するんだね、せいぜい腕2本なくなるくらいですむと思うよ。君はリリスみたいだから、それでも構わないだろう?」
「……畜生」

 

 唇を切れるほど噛んで、キールはうつむいた。一度だけシアを、呪詛を掛けるかのように睨み付けて、それからフラフラとこの場から退いて行った。
 青年は「やれやれ」と息をついて、改めてこちらに向き直った。シアは言葉をなくしてしまって、ただ彼を見上げていた。
 彼がにこりと、優しく笑む。

 

「お嬢さん、危なかったね。こんな時間に一人歩きはやめた方がいいよ。これからは夜に一人で外に出ないこと。いいね?」
「……あなた、誰?」

 

 かろうじて、その質問だけを口にすることができた。
 ――キールは逃げて行った。だからもう、大丈夫。大丈夫だ。
 なのになぜだろう。体がどうしようもなく重くて、今にも倒れてしまいそうだ。

 

「オレはアレス。君は?」
「シア……」
「かわいい名前だね」

 

 アレスと名乗る青年は、大人びた微笑みを見せた。それがどことなくクレイに似ていて、シアの表情が歪んだ。
 ……名前。あたしの、名前。

 

 

 

(初めて君を見たときに、シアと名付けよう、と思ったんだ)

 

(僕の大好きな、空色の花の名前なんだよ)

 

 

 

 あまりにも鋭く突き刺さる痛みに、シアは両手で顔を覆った。声にならない悲鳴を上げる。クレイの声、腕、てのひら、微笑み、あたたかい笑顔。シア、と呼ぶやわらかな声。洪水のように押し寄せて、それはすべて真っ黒な絶望に変わる。
 足元から、崩れていく。

 

「シア?!」

 

 慌てるように差し出されたアレスの腕を、暗くなる寸前に知覚した。
 もういっそのこと、このまま目が覚めなくても構わない。薄れ行く意識の中で、シアはそう思った。

 

 

 

 

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