ネット小説 【銀の翼】 act3 クレイ(2)

act3 クレイ(1) ネット小説 【銀の翼】 act3 クレイ(3)

 

 小さな窓から冴えた月光が降る。
 狭い牢獄の中で、キールは四角く切り取られた夜空を見上げていた。
 今ここにいることが、全部夢なのではないかと思われた。
 明日朝起きれば、いつものように出かけて、いつものようにクレイと一緒に仕事をするのだと。
 ……それが現実であればいいと願って。

 

 

 

 

「昨日、レイハルトさんに話したんだ。組織から足を洗いたいって」

 

 路地裏の古い倉庫。麻薬の入った箱を二人で整理していると、ふいにクレイはそう言った。薄茶の瞳をなごませて、彼は微笑みかける。

 

「シアがね、そろそろ職に就いてもおかしくない歳になった。あのこには、マトモな職に就かせてやりたいんだ。でも、僕がこんなふうだと、なかなか難しいだろう?だから決心したんだ」
「……レイハルトさんは、納得したのか?」

 

 問う声は、かすれたものになった。それに気付いたのか、クレイは少し眉を寄せ、気遣わしげな表情でキールを見た。

 

「ううん。でも僕が言い出したら聞かない奴だってこと、あの人は知ってるからね。……キールに相談してみてって言われたよ。でもキールは反対だろう?」

 

 喉が引きつれたように痛んだ。目の前のクレイが、突然遠いところに行ってしまったように思えた。
 組織に入ってしばらく経っていたが、キールはいつも下っ端だった。下っ端なりに頑張ろうと思っていたが、いつも失敗ばかりしてしまって、組織の厄介者扱いされていた。レイハルトは自分みたいな人間には冷たいから、組織の人間はレイハルトにならうようにして、キールに冷たくした。けれど。

 

(大丈夫だよ、キール)
(ぼくが手伝うよ。これをどこに運べばいいの?)

 

 何百個という魔法具を一人で運べと言われて、泣きそうになっていた時に、クレイは気さくな笑顔で声をかけてくれた。
 クレイと仲良くなり、いつも一緒にいるようになった。組織に入って一年足らずで、上級の能力と頭の良さで頭角を現していたクレイはみんなに一目置かれる存在だったから、クレイと一緒にいるうちに、自然と自分をバカにする者はいなくなっていった。

 

「キール? 大丈夫か?」
「……うん」

 

 気遣わしげなクレイの言葉に、キールはうつむくようにして頷いた。クレイは心配そうに、キールの顔を覗きこむ。

 

「少し休もうか。話をしよう。そこに座って」

 

 話って、今さら何を? キールはそこで初めて、自分の中に怒りが渦巻いていくのを感じた。どす黒い感情だ。クレイに対して、今までこんな感情を持ったことはなかった。
 もう決めてしまったんだろう? 自分に何も言わず、一人で。
 勝手に。

 

「キール……」

 

 心配げに眉を寄せ、クレイはキールの顔を覗きこんだ後、ふと背中を向けて麻薬の入った箱を積み上げた。座れる場所を作ってくれているのだろう。倉庫の地面に直接座るには、ウィニクスの冬は寒過ぎる。
 しかし、その時のキールにはクレイの背中が自分を拒絶しているように感じてしまった。遠ざかる背中。あんなにも、いつも隣にいて励ましてくれたのに。

 

(クレイには、シアがいるから)

 

 綺麗な目をしたクレイの大切な少女。クレイは自分がいなくなっても、あの子がいるから生きていける。でも、自分は。
 キールの目の前が、真っ暗になった。

 

「キール、こっちにおいで」

 

 クレイは微笑んでキールを箱に座らせ、自分もその隣に座った。左に、慣れたやさしい気配。キールの両目はなにも映してはいなかった。ただ、鈍磨したような頭の中に、どす黒い感情が渦を巻いていた。自分で制御できない感情だった。左に感じる、慣れた気配。それがなくなってしまうなんて。

 

(嫌だ)

 

 置いていかないでくれ。オレを一人にしないでくれ。

 

「キール。僕、昨日から考えてたんだけど、もしよかったら君も」

 

 クレイの言葉はそこで途切れ、永遠に発せられることはなかった。
 彼はそのままゆっくりとキールの肩にもたれかかった。左胸には炎にえぐられた穴があいていた。もうクレイはなにも喋らない。クレイの口から、別離の言葉を聞くことは永遠にない。キールは心の底から安堵して、クレイを抱きしめた。それ以外になにもできなかった。ただそうして、冷たい空気の満ちる倉庫の中、ずっとクレイを抱きしめ続けていた。

 

 

 

 

「クレイ」

 

 キールはぽつりと言葉を落とした。
 冷たい牢獄。永遠に目を覚まさないクレイ。
 ぽたり、と石の床に涙がおちた。

 

(オレは結局)
(自分を護りたかっただけか)

 

 クレイの最後の言葉を思い出す。
 彼はいつも、自分のことを考えてくれていた。仕事の出来ないダメな自分を、いつも影で支えてくれて。
 そうして彼は、最後に、何を言おうとした?

 

「クレイ……!」

 

 腕の間に頭を落とす。どんなに後悔しても、いくらでも足りない。胸が引き絞られるように痛かった。でもクレイはもっと痛かったはずだ。もっと、もっと、痛かったはずだ。
 冴えた月光、降りしきる雪。閉ざされた牢獄の中、キールの嗚咽は途切れることなく響いていた。

 

 

 

 

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