ネット小説 【銀の翼】 act3 クレイ(3)

act3 クレイ(2) ネット小説 【銀の翼】 エピローグ

 

「クレイはあたしのこと、本当に大事に思ってくれてたのかな」

 

 エステルが差し出した暖かいスープを飲みながら、シアはつぶやいた。レイリスの森から帰ってきてすぐ、気を失うように彼女は眠ってしまった。極度に疲れていたのだろう。目を覚ましたのはつい先ほどだ。
 アレスはキールを治安官庁に引渡しに行ってから、まだ戻ってこない。

 

「思ってたに決まってるじゃないかシア。何言ってるんだよ」

 

 エステルは目を見開いた。シアはわずかに首を振る。

 

「だって、あたしを置いて一人でいっちゃったんだ。何も言わずにいっちゃったんだよ。ねえ、ほんとにクレイはあたしのこと思っててくれたの?」

 

 すがるように見上げてくる目は、潤んでいた。エステルはシアの肩に手を置き、静かに口を開いた。

 

「わたしは、少しだけなら裏組織の仕事っていうものを知っている。だからクレイと君の関係に驚いたんだ」

 

 シアの両手からスープ皿を受けとり、サイドテーブルに置く。そうしてゆっくりと話した。

 

「組織の人達は、家を一つに決めない。危険だからだ。仕事の性質上、重要な仕事であればあるほど、その者はつねに命を狙われる。一つのところに1か月間留まるのさえ自殺行為だ。でも、君たちは同じ場所に1年間、いたんだろう?しかもその間なんの異変も起こらなかった。危険な目に遭わなかった」

 

 シアは戸惑いながらもうなずいた。エステルは薄紫の目をやわらげる。

 

「それは、並大抵のことじゃないんだ。生半可な努力で、実現できる環境じゃない。同じ組織の人間でも、敵はいる。内も外も敵だらけだ。気を許せる瞬間なんてない。ただ街を歩くだけでも気を張り詰めなくちゃいけない。そういう生活が24時間続くんだ」

 

 後をつけている者はいないか、魔法の照準に晒されていないか、夜闇にまぎれたアークの剣に首元を狙われていないか。
 誰と話をしていても、まず疑いの目で、腹の底を探り合う会話をする。どんな事態にも対処できるように、能力をいつでも発動できるよう、気を高めておく。それは、並大抵のことではない。
 エステルは苦笑した。

 

「わたしにも仕事の関係でそういう事態の経験があるけど、1週間もたなかったんだ、情けないことに」

 

 クレイを直接知っているわけではない。けれどこうして話していると、クレイの気持ちが浮かんでくる。
 魔法の暗号が編まれたあの写真。それを解いた時、エステルの中に彼の想いのかけらが溶けこんできたかのようだった。クレイが大切にしてきた、たったひとつの願い。

 

「そういう極度の状況の中、クレイはひとり、大切な場所を護っていた。君と、君が住む、あたたかい場所。血と暴力にまみれた世界で走り続けるクレイは、きっと君のいる場所で唯一、安らげたんだと思う。だから、必死に護っていたんだ」

 

 いつまでも永遠でいてほしかった。大切な少女が自分を迎えてくれる場所。どうかいつまでも、変わらずに。

 

「クレイは、君を……愛していたんだよ」

 

 シアの目から涙がこぼれた。きっと、エステルが言わなくても、共に過ごした歳月の中で、クレイの想いは充分伝わっていただろう。でも言わずにはおれなかった。クレイがそう言って欲しいのだと、どこからかエステルに言っているようだった。

 

「そっかぁ……そうなんだ。クレイはやっぱりバカだなぁ」

 

 泣きながら、シアは笑顔を作った。深い痛みを伴う笑みだった。

 

「最後の最後に、キールを信じたばかりにこんな事になって……本当に、ばかだよ。でもあたしはそういうクレイを、すごいと思うんだ。誇りに思うんだ。だからあたしも、信じることをやめないよ」

 

 エステルは胸を突かれた。シアの目は潤んでいて、小さな光が灯っていた。

 

「森でキールの話を聞いた時、正直、もう誰も信じられなくなった。あんなにクレイに懐いてたキールがそんなことをするなんて――もう誰のことも信じるもんかって、思った。でも、違うんだ。そういうことじゃないんだ。クレイがあたしに残してくれたもの……教えてくれたもの、伝えてくれたものは、そういうことじゃないんだ」

 

 流れる涙はそのままに、微笑む。

 

「もっと、優しい何か……冷たい感情じゃなくて、絶望でも悲しみでもなくて、もっと幸せな何か。あたしはそれを、クレイから教えてもらったそういう想いのすべてを、大切にしていかなきゃいけないんだ。大切に、生きていかなきゃならないんだ」

 

 

 

 

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