ネット小説 【雪細工】 第1章(1)

ネット小説【雪細工】 第1章【2】

 

 少年は微笑みながら、書類を手放した。
 カトリナが一晩中悩み抜いて書いた17枚が、ひらひらと落ちてゆく。

 

「マークしてた犯罪組織について、事細かに報告してるけど、これはいわゆる『任務失敗』っていうやつだよね。……取り逃がしてるんだから」

 

 少年――アレンはやわらかく微笑んでいるけれど、目が笑っていない。
 カトリナは何も言い返せない。手持ち無沙汰に、金色の髪を耳にかける。
 圧倒的に、アレンの言い分が正しいのだ。

 

「書くべきは始末書だったんじゃないかな。……最近調子悪いね。今までは検挙率85%だったのに。ナンバー3の名は返上かな」
「ちょっと、最近夢見が悪くて。申し訳ないと思ってる。次はもっと頑張るよ」
「頑張りがほしいんじゃないんだ」

 

 結果だよ、と少年は笑う。

 

「次も失敗したら、降格せざるをえない。下手をすれば解雇だ。でもカトリナは優秀だから、できればそうしたくない。だから次回の仕事のランクを下げることにする。はい、これが資料だよ。いつもどおり、主犯を抑えればそれでいいから」
「……了解」

 

 アレンから資料を受け取る。彼は確か、今年で17のはずだ。カトリナと同い年だが、立場は彼の方が上である。
 実力社会だ。同年代から叱られるのも、失敗したらランクを落とされるのも、すべて自分の責任だ。

 

「期待してるよ」

 

 にこりと笑う『上司』に、カトリナはありがと、と短く返した。

 

 

 

 

 広い道を、馬車が行き交う。大きな街だから、交通量も多い。
 反対側に渡るため、カトリナは歩道の端に立っていた。さく、と足元で雪が鳴る。
 土をえぐるひづめと、車輪の音が、頭に響く。
 ……ぼうっとする。

 

(だめだめ。しっかりしないと)

 

 頭を振る。
 さっき怒られたばかりなのだ。厳しい職場だ。次に失敗すると、本当に降格になってしまうかもしれない。いや、それですめばいいが、もし首になったりしたら、冗談ではすまない。
 最近なぜか、夢見が悪過ぎるのだ。思い出したくもない、昔の夢ばかり見る。『あの夢』を見ると、起きてからしばらく何も考えられなくなってしまう。
 カトリナは息をつき、資料をめくった。
 ……指令。『子どもの』窃盗集団の、捕獲。
 スリをするガキどもをとっ捕まえろということだ。

 

「ランク、下げすぎだよ先輩」

 

 こめかみを指で押さえる。今まで快楽殺人などの狂気的人格者や、凶悪犯罪組織ばかりを相手にしていたのだ。これではまるで子どものおつかいだ。上司の優しさというやつか。それとも肩叩きか。
 いずれにせよ、自分で蒔いた種だ。良い芽が出るよう、懸命に励むしかない。
 それにしても、体が重い……。

 

「――危ない!」

 

 張り詰めた声が、耳を打った。あ、と思った時にはすでに、後ろに強く引き寄せられて、尻餅をついていた。
 宙にういた足の裏の、ごく間近を、車輪が唸りを上げて疾走してゆく。

 

「え……?」

 

 もしかして、今、轢かれるところだった……?
 じんわりと意識した途端、背後から低く、とてつもなく不機嫌な声が聞こえた。

 

「……おい」
「え?」
「おまえ。いつまで人を背もたれにしてる」

 

 まばたきして、振りかえる。そこには声を裏切らず不機嫌な表情の青年がいた。
 黒い髪。意思の強そうな、紺色の目。

 

「そうだよね。背もたれにしては固すぎると思ってたんだ」
「鈍い女だな」
「助けてくれてありがとう」

 

 カトリナは立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。青年もため息をつきつつ、立ち上がる。背は、かなり高い。スラリとしている。
 もしかしたら同業者かな、と思った。筋肉のつき方が、素人じゃない。

 

「落ちてるぞ」

 

 青年が再びしゃがみながら言う。見ると資料がバラバラに落ちていて、さすがに慌てた。

 

「あっ、自分で拾うからいいよ」
「遅い」

 

 青年はすべて集めて、ぽん、資料で頭を叩いた。

 

「あんまりぼーっとしてるなよ」

 

 唇の端で笑んで、彼は去っていった。
 しまった。中身を、見られただろうか。敵対する方面ではないことを祈りつつ、カトリナは踵を返した。

 

 

 

 

ネット小説【雪細工】 第1章【2】

 

 

 

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