ネット小説 【雪細工】 第1章(3)

第1章【2】 ネット小説【雪細工】 第1章【4】

 

 カトリナには家族も恋人も親友もいない。
 仕事一筋で生きてきた。だから仕事を奪われた自分を、想像できない。
 すべてを忘れて仕事に打ち込む時間が、必要なのだ。悪夢が入り込む余地を、作ってはならないのだ。
 だから絶対に、失敗するわけにはいかない。

 

 

 

 

 ゆっくりと目が覚めた。背中とお尻が痛いと思ったら、座った格好で柱にくくりつけられていた。
 破れた天井から日の光が差しこむ。半壊した建物だ。長椅子や机が、いくつも転がっている。

 

「……汚いところ」

 

 呟いたら、白く息が舞った。背後から低く、声が響いた。

 

「昔ここは、教会だった」
「そうなんだ。見る影もないね」

 

 カトリナは少し笑う。人の気配には、最初から気付いていた。
 声の主はカトリナを通りすぎ、椅子に腰掛ける。彼の姿を目に入れて、ゆっくりと目を見開いた。
 ――あの男。

 

「教会の面影はあるさ。おまえの目の前に転がってるのは、神サマの像だ」
「……。ほんとだ。気付かなかった」
「相変わらずぼうっとしてるんだな」
「最近、いいことなくて」

 

 彼と会ったのは、つい昨日のことだ。
 あの時、素人ではないと思ったのは当たっていたらしい。縛り方も憎らしいほど正確だ。縄抜けをさっきから試みているが、びくともしない。

 

「キミ、少年窃盗団のリーダーなの?」
「いや、違う。ただ、知らない仲じゃない」
「ここ、裏街でしょ。住んでるの?」
「捕まってるのはおまえだろう。質問はそれくらいにしろ」

 

 呆れたように、彼は正論言う。
 けれど、甘い。こちらが女だからと油断しているのか。カトリナは慎重に、腰から小型のナイフを取り出す。身体検査しなかったのは、彼のミスだ。
 よく、「女のくせに」とか「女ごときが」と言われるが、正直大歓迎だ。大いにナメて、油断してほしい。

 

「わたしへ質問したいってこと?」
「質問とは少し違うな。警告だ。今後、あいつらに手を出すな」
「わたしが捕まえなくても、別の者が捕まえるよ」
「おまえみたいな上等な生地の服を着ている奴には分からないかもしれないが、生きるために食料は必要なんだ。あいつらは孤児だ。救貧院からもあぶれたガキどもだ。分かってやってくれ」
「でも、犯罪だわ」
「分かっている。おまえが『本当の治安官』なら、オレもこんなバカげたことは言わない」

 

 カトリナはわずかに眉を寄せた。わざと、話を逸らす。

 

「ちゃんと働いて、生活している子どももいるわ」
「頑張ってもチャンスに恵まれない子どももいる」
「キミ、自分が子どものころ同じ境遇だったんでしょ? そういうの、同病相憐れむって言うんだよ」
「えげつない言葉だな」

 

 青年は舌打ちをする。目線がカトリナから反れた瞬間、カトリナは動いていた。
 縄はすでに、切ってある。立ち上がると同時に、ナイフを放っていた。空気を切り裂いて、青年の頬をかすめ、壁に突き刺さる。

 

「動かないで」

 

 もう1本のナイフを腰から取り出す。
 頬を伝う血を拭って、青年がまっすぐにカトリナを見た。

 

「食べなくちゃ生きていけないのはわたしも一緒。働いて、お金をもらってるの。子どもたちのひもじさも、キミの同情も、分からないでもないけどね」
「まあ、正論だな」
「大人しく投降して。両手を挙げて、膝をつくの。でないと今度は目に当てるよ」
「投降したとして、オレをどこへ連れて行くんだ?」

 

 青年は口端で笑った。カトリナは眉を寄せる。

 

「犯罪者の行きつく先は、冷たい牢獄だって決まってるでしょ」
「おまえ、私設治安官だろ? 要するにニセモノだ。ニセモノがナイフを振り回している以上、おまえも立派な犯罪者だろ」

 

 カトリナは思わず息を呑んだ。
 先ほどの会話でも感じていたが、この男、極秘情報をなぜ知っているのか。

 

 

 

 

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