ネット小説 【雪細工】 第1章(4)

第1章【3】 ネット小説【雪細工】 第2章【1】

 

「有閑貴族お抱えの、プライベート組織。慈善事業だかなんだか知らないが、腕利きを集めて、犯罪者を取り締まってるって聞いている」
「さあ。わたしは知らない」

 

 いまさら取り繕っても、さっきの反応で事実だと語ってしまっている。

 

「治安官のマネゴトをしてどうする。強欲な貴族が、本当に慈善事業だけでやっていると思ってるのか。捕まえた人間は、奴隷として売り飛ばされる。結局のところ、おまえも無法の犯罪人だ」

 

 一瞬、思考が停止する。
 その隙をつかれ、気付いたら地面に押し倒されていた。とっさに振り上げたナイフを、簡単に弾かれる。両手首を強い力で抑えこまれ、動けない。

 

「そんなことも知らないで、ただ命じられるまま捕まえているだけか? 探せばもっと楽な生き方があるだろう。操り人形より哀れだな、おまえは」
「さっきからおまえおまえって、偉そうに呼ばないで。わたしにはちゃんと名前があるの」
「別に名乗らなくてもいい。聞いたって、どうせ忘れる」

 

 嘲るように、ディーンが笑った。
 完全にチェックメイトだ。今度こそ、女だからといって油断してくれそうもない。

 

「このままどうする気? あたしも奴隷として売り飛ばすの」
「みくびるなよ」

 

 ディーンは不愉快そうに、眉を寄せる。

 

「下衆な貴族と一緒にするな。おまえが今後、大人しくすると誓えばそれでいい」
「嘘だ、このまま濡れ衣着せてホンモノの治安官に突き出すつもりでしょ」
「信じないなら勝手に想像して絶望してろ。おまえが約束しない限り、外へ出さないだけだ」

 

 この男、何を考えているのか分からない。約束とは一体何だ。ディーンの言うとおり、自分は無法者だ。ここで誓約書を書いたとしても、カトリナにとって何の制約にもならない。無視すればいいだけだ。
 だがカトリナの考えを見通したように、ディーンの目がスッと、深くなった。カトリナの背筋を冷気が駆け上がる。――恐怖、だ。

 

「もし約束を破ったら容赦はしない。おまえはオレより弱い。本気を出せば二度と歩けない体にすることも、簡単だ」

 

 彼の意志が、強く突き刺さるようだった。この男はまずいと、直感する。彼の言葉は嘘ではない。いざとなったら、どんなに泣いて許しを乞うても、冷静に制裁を下すだろう。
 カトリナの回答を求めるように、ディーンの手に力がこもる。手首が痛くて、眉を寄せた。――その時である。

 

「おまえ、何やってる! カトリナを離せ!」

 

 ディーンが鋭く顔を上げた。聞き覚えのある声に、カトリナは息をのむ。

 

「……エメルト?」

 

 同業者の名を、カトリナは呼んだ。ディーンは舌打ちする。多勢に無勢と悟ったのか、その後の行動は素早かった。

 

「待てっ」

 

 崩壊した壁を乗り越えて駆けて行った青年を、エメルトはそれ以上追うことはできなかったようだ。壁の前で息をついてから、カトリナを振りかえる。逃したというのに、相変わらず余裕の笑顔だ。

 

「男相手だと、ムリしてまで追いかけようっていう気にならないんだよねー」
「分かりやすい言い訳、メルっぽくて萎える」

 

 痛む体を我慢しつつ、カトリナは立ち上がる。
 職場の先輩であるエメルトは、屈託なく笑顔を見せた。

 

「馬車は揺れるから、もっと痛いぞ?」

 

 

 

 

 ついいつものクセで憎まれ口を叩いてしまったが、正直エメルトが来てくれなかったらヤバかった。
 クビどころじゃない。この女ナイフ振りまわしてましたと、正規の治安官に突き出されたら牢屋行きだ。
 カトリナの家は街の外れにある。職場から提供してもらった一軒家だ。最初は同業者5人での共同生活だったが、現在すでに生きていない。任務に失敗して、死んだ。名誉の殉職とでも言うのか。

 

「珍しく余裕がないな。最近仕事、調子悪いみたいだしさ」
「ちょっとね」

 

 カトリナは苦笑した。たぶんエメルトは、カトリナがクビ寸前だということを知っている。
 エメルトは浅黒い肌をした好青年だ。今の仕事も、彼が紹介してくれた。実力も充分で、組織のナンバー2である。
 ただ残念なことに、性格が、軽すぎる。

 

「さてと、ここ座って。傷の手当するから」
「なんで椅子じゃなくてベッドなの?」
「ふわふわで座りやすいでしょ。ほら、寝かせやすいし。ついでに一緒に眠れるし」
「乙女の危機を感じるから、遠慮しとく」
「遠慮などいらぬぞ」
「エメルト」

 

 カトリナは笑みを向けた。

 

「助けてくれて、ありがとね」

 

 掛け時計を見ると、まだお昼前だ。今朝で10日間ほど使ったような気がするのに。
 エメルトはどういたしまして、と軽く笑う。
 ふいに手首が痛んで、持ち上げるた。くっきりと、大きな手のあとがついていた。

 

 

 

 

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