ネット小説 【雪細工】 第2章(2)

第2章【1】 ネット小説【雪細工】 第2章【3】

 

 すでに人だかりができていた。ほとんどが野次馬で、裏街の子どもをわざわざ助けに行こうなんて誰も考えていない。
 カトリナは人々を押しのけて、廃屋の前に立った。炎が狂喜していた。窓ガラスを打ち破り、迸る。人々は悲鳴とも歓声ともつかぬ声を上げながら、後ずさった。
 その中で一人、カトリナは駆け出した。
 前へ。

 

 

 

 

「あの、バカ……!」

 

 ディーンは舌打ちする。野次馬を押しのけて、廃屋の前で立ち止まった。
 炎は凄まじい勢いだ。正面の扉が崩れ、赤い腕が飛び出していた。
 ディーンはきつく、眉を寄せる。彼女はあんなところへ入ったのか。

 

「ディーンさん。ピート、さっきまでバルコニーから顔出してたんだけど、いない……!」
「バルコニーが落ちて、中に引っ込んだんだ。あのバカ女、ひとりで乗り込みやがって」

 

 舌打ちして、それからディーンは駆け出した。

 

 

 

 

 崩れかけの階段を、カトリナは駆け上がる。
 1階に人の気配はなかった。そこまで広い屋敷じゃない。声が2階から聞こえたような気がした。少年の、悲鳴。

 

(まぶしい)

 

 炎は、強烈な光だ。熱と煙が喉を圧迫する。腕で口もとを防ぎながら、なるべく体勢を低くして、カトリナは気配を探った。
 2階は広い1室のみだった。1階と吹きぬけになっているため、床は脆い。

 

「ぐっ、げ、げほげほっ……!」

 

 苦しげな少年の声が、耳を打った。部屋の隅、煙の合間に、うずくまる影が見えた。

 

「ピート?!」
「げほっ……、――あ……、あん時の、女……なんで」
「そこから動かないで」

 

 駆け寄って、うずくまるピートを抱き上げた。呼吸が乱れ、ぐったりしている。

 

「わ、悪ィ……。ちょっと、失敗してさ……」
「喋ると煙吸い込むよ。出血してないよね。火傷はあとで治療するから」
「うん……」

 

 ピートはそのまままぶたを閉じる。気を失ったのだ。カトリナは自分の袖を破って、ピートの口もとを覆った。
 一歩進むと、床が大きくきしんだ。同時に、凄まじい音が耳をつんざく。――階段が、崩れ落ちたのだ。
 カトリナは眉を寄せる。階段がだめなら、吹きぬけ部分を飛び降りるしかない。でも、1階がすでに炎の海で、飛び降りる場所がないとしたら――

 

「なんとか、なる。絶対」

 

 再び炎を抜けるために、カトリナは前を見る。

 

 

 

 

 

「上か……!」

 

 1階にいないと判断し、ディーンは2階を見上げる。階段はすでに崩れ落ち、上るすべはない。
 どうするべきか思案した時、上から声が聞こえた。

 

「ディーン、そこにいる?」

 

 2階を仰ぐと、煙の炎の向こうに人影が見えた。ピートを抱えた少女が見下ろしている。

 

「窓からは出られないの。飛び降りようと思うんだけど、床は大丈夫かな」
「いや、かなり弱ってるから抜けるかもしれない。受け止めるから、飛び降りろ」
「うん。煙でよく見えないから、ディーンが頑張ってくれると嬉しい」

 

 このような状況だというのに、彼女は冷静だ。さすがと言うべきか。

 

「ああ、任せろ」
「とりあえずこの子だけ降ろすね。気を失ってるから、力が入ってないよ。気をつけて」

 

 ピートはまだ子どもだから、軽い。落ちてきた体を無事受け止めると、ピートは小さく呻いた。意識はないが、無事だ。ディーンは安堵の息をつき、再び2階を見上げた。

 

「よし。じゃあ、次はおまえだ」
「うん……っと、ちょっと待って。まずいかも」

 

 影が後ろへ引っ込んだ。直後、その場所が炎に包まれる。

 

「おい! 大丈夫か?」
「――め、――床、が」

 

 轟音にかき消えた。ディーンは舌打ちをする。――2階は限界だ。

 

「来い!」

 

 2階の床が崩れ落ちた。それよりも一瞬だけ早く、カトリナが飛び降りた。
 ピートを片腕で抱いたまま、もう片方でカトリナを受けとめる。同時にその場から飛びすさった。片膝をついて顔を上げた間近に、轟音をたてて2階が床に叩き付けられた。
 カトリナがぽつりと言う。

 

「危機一髪?」
「まさにそれだな」

 

 熱風が髪を煽った。カトリナがすすだらけの頬で笑う。

 

「ありがと、ディーン」
「おまえ、もっと後先っていうものを考えろ。いきなり一人で突っ走りやがって、命がいくつあっても足りないぞ」
「ぐずぐずしてるとおいてっちゃうよ」
「……生意気な女だ」

 

 ディーンは諦めの境地で立ち上がる。扉から駈け出した直後、廃屋は凄まじい音とともに崩れ落ちた。

 

 

 

 

第2章【1】 ネット小説【雪細工】 第2章【3】

 

 

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