ネット小説 【雪細工】 第2章(4)

第2章【3】 ネット小説【雪細工】 第2章【5】

 

 ――みんな、そうだよ。

 

 義姉のキャシーが、表情のない声で告げる。

 

 ――みんな、■■■てるんだよ。

 

 カトリナは肩で息をしていた。引き絞るような恐怖で、視界が震えていた。服は激しく引き裂かれ、剥きだしの肌に引っ掻き傷がいくつも走っていた。
 キャシーの部屋は殺風景で、主の性格をそのまま現しているような雰囲気に包まれていた。

 

「だから、カトリナも、仕方ないんだよ」

 

 音を立てて、ガラス細工が崩れた。
 カトリナは叫んだ。心臓を引き裂くように。ただ、キャシーは感情のない瞳で、カトリナを見つめていただけだった。

 

 

 

 

「――!」

 

 勢いよく、カトリナは上体を起こした。叫び声を上げる寸前で、口を手で覆った。現実と夢が混濁していた。
 肩が激しく上下する。全身が汗で濡れていた。まばたきすらできず、恐慌が過ぎ去るまで耐えた。
 ――悪夢だ。

 

「ハ――、は、ぁ……、ア……!」

 

 今回はいつもより、リアルだった。きっと火事を見たせいだ。
 ……いつまで苦しめられるのだろう。
 シーツを握りしめる。自分の弱すぎる心を、殺してやりたい。過ぎ去ったこととして、なぜ処理できないのか。いつまで傷跡を残すのか。さっさと忘れて、今だけを見て生きられるのなら、どれだけ楽だろう。全身が震えて、頭がグラついて、吐き気が止まらない。
 強く、ならなければ。過去をはねのけられるくらい、強く。
 ディーンの眼差しのように。

 

「カトリナ、できたぞ」

 

 ノックと共に、声が届いた。ディーンがこの家で、ごはんを作ってくれていたのだ。少し遅めの昼食だ。
 返事をしようとしたが、声が出ない。息が漏れるだけだ。

 

「……カトリナ?」

 

 思案するような沈黙が落ちた。この扉に鍵はない。こんな姿を見られるわけにはいかない。カトリナは必死で声を出そうとした。震える体をなんとか動かして、ベッドから降りようとした。
 けれどシーツに足がからまって、転んだ。無防備に転んだため、ひどく音が響いた。
 だから、いくら寝室といえど、ディーンが慌てて扉を開けたのは、当然のことなのだ。

 

「おい、どうした!」

 

 肩を支えられて、カトリナは唇を震わせる。

 

「大丈夫か? 怪我は」
「へい、き」

 

 ひどくかすれた声しか、出ない。ディーンが眉を寄せる。

 

「やっぱり医者に連れてくぞ。体が熱い。きっと熱がある」
「いい、の。ほんとに。もう少し寝れば、治るから」

 

 ディーンは無言でカトリナを抱き上げ、ベッドへ戻した。
 まっすぐに見つめながら、言う。

 

「いいか。もっと自分を大事にしろ。自分が今、どんな状態か分かっていないだろう」
「分かってる、よ。自分のことだもん……」

 

 震える唇で答えると、ディーンの指が伸ばされた。思わず目をつむると、彼の指が触れた。
 熱い肌が、優しく、頬を伝う。

 

「泣いてることに、気づいてないだろう?」

 

 息が止まった。

 

「おまえは今、弱ってる。それが心の問題なら、今すぐどうこうできるものじゃない。けど、熱と怪我なら、治す方法があるだろう。……泣きやんだら、病院へ行くぞ。閉じこもってたんじゃ、何も良くならない」

 

 そっと毛布を掛けてくれる手が、優しい。
 真摯な双眸に見下ろされる。カトリナは、頬を伝う熱い涙を、初めて感じた。

 

「オレの前じゃ、素直に泣けないだろうから……泣きやんだら、呼んでくれ。オレは隣の部屋にいるから」

 

 もう、「大丈夫だから」とは、言えなかった。
 部屋を出て行くディーンの背中を見つめながら、カトリナはただ、熱い涙を感じていた。
 言葉が出掛かった。寸前で、呑みこんだ。
 ここにいて、と。

 

 

 

 

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