ネット小説 【雪細工】 第3章(1)

第2章【5】 ネット小説【雪細工】 第3章【2】

 

 

 

 ボ ク は 今 か ら 、 火 を つ け に 行 く 。
 こ れ が 最 後 。 最 後 ダ ヨ 。

 

 

 

 

 太陽が真上に来ていた。
 カトリナは銃とナイフを持って、廃教会にいた。
 病室は抜け出した。まだ熱は下がっていないし、傷も痛む。けれど、甘いことを言っていられなかった。
 ピートはすでに、退院していた。同じ病院だった。好機を逃した自分の甘さに苛立ちがつのる。
 廃教会は4階建てだった。最上階の朽ちかけたバルコニーに身をひそめ、カトリナは裏街を見下ろす。
 裏街は、広くない。ここから全体が見下ろせる。みすぼらしいナリをした大人達が俯きながら歩き、子どもたちは走り回る。
 カトリナは身動きせず、皿のようにした両目で見ていた。少年窃盗団の中で一人でも見つけることができたら、勝ちだ。
 少年の命を盾にしてでも、ピートを捕らえる。
 邪魔するのなら、ディーンであっても、容赦しない。

 

(自分の心臓の音が、聴こえる)

 

 視覚も聴覚も、恐ろしいほどに研ぎ澄まされていた。
 その代わり、思考と感情が麻痺していた。
 今朝も、夢を見た。
 もっともっと仕事に没頭して、一刻も早く、記憶の底に封印しなければ。ガラス細工なんて、初めからなかったことにするのだ。

 

(可愛いカトリナ)
(大丈夫。こわくなないよ)

 

 偽善に満ちたあの黒い両腕を、抹消しなければならない。
 3時間ほどじっとしていると、やがて二人、廃教会の前を通りかかった。やけにゆっくりとした足取りだ。
 老人と、若い女。親子だろうか。二人とも裏街然とした、みすぼらしい格好をしている。
 遠目から老人の顔を見て――、そこでカトリナは、息を止めた。
 見間違いかと思ったが、そうではない。なぜこんなところに。
 今は、昼間だというのに、なぜ、夢の続きが、ここに。

 

「あ……ア」

 

 足が震えて、小さなガレキが落ちた。二人の目の前に転がった。よろよろと、老人がこちらを見上げた。――間違いない。 

 

( お と う さ ま )

 

 視界が真っ赤に染まった。怒りの迸りに任せて、気付けば、引き金を引いていた。
 鋭い音が響き渡る。
 だが老人には当たらなかった。引く寸前で、背後から腕を掴まれていた。銃弾は灰色の空を、鮮やかに突き抜けていった。

 

 

 

 

「何をやってるんだ、おまえは!」

 

 グ、と強く腕をつかまれて、カトリナは小さく悲鳴を上げる。構わずディーンは、怒鳴りつけた。

 

「病院からいなくなったと思ったら、白昼堂々人殺しか? このバカ女!」

 

 カトリナはもう一方の手で、腰からナイフを取り出し、ディーンの手首を容赦なく切りつけた。緩んだところを振りきって、階段を駆け下りる。
 いつのまにか、雪が降っていた。寒さも冷たさも、感じなかった。
 老人は銃声に怯え、うずくまって震えていた。女は彼の背中に手を置き、早く、と急かしていた。

 

「ケイシー・ブラウンか」

 

 低く、問うた。
 なぜ私の名を、と老人が恐るおそる顔を上げた。瞬間、とめどなく襲い来る記憶の断片が、カトリナの喉をきつく塞いだ。
 ――クルシイ。
 熱い。

 

「おまえの、せいで」

 

 声は震え、老人に届かなかった。
 けれど寸分たがわず向けられた銃口で、カトリナの激情を知っただろう。

 

「ヒ……、ひいいい」

 

 老人はガタガタ震えて、若い女にすがった。極限の恐怖に、失禁していた。あまりにもみすぼらしい、哀れな物乞いの姿だった。記憶の中にある義父の姿と、似ても似つかなかった。あの頃の義父は威厳に満ちていた。
 銃を持つ手が震える。
 目の前にいる、この男。なんて小さく、薄汚く、無様で、醜い――

 

「動くなよ、カトリナ」

 

 ガチ、と後頭部に冷たく突きつけられた。銃口だ。
 またディーンに、邪魔をされた。どうしていつも、この男は、自分を阻むのだろう。
 だが彼の声を聞いた途端に、体がらすとんと力が抜けた。震える手から、銃が落ちた。
 ……何を、しているのだろう。自分は。
 ひいい、と声を上げて老人は逃げようとするが、腰が抜けたのか、立ち上がれない。女が老人を支えようとするが、恐怖で老人が暴れるので、うまくいかないようだった。
 ディーンはカトリナを引き寄せて、自分の背に隠しつつ、言った。

 

「じいさん、ねぐらはどこだ。運んでやる」
「いいわ。気にしないで」

 

 女はそっけなく返した。明らかに暴力的な人間を前にして、この冷静さは見事なものだ。
 カトリナはぼうっとする頭で、考える。そういえばこの声、どこかで聞いたことがある。
 感情のこもらない、声。

 

「カトリナ」

 

 女の声で、名を呼ばれた。
 カトリナはゆっくりと、目を見開く。

 

「痩せたわね」

 

 そうして女は、老人を支えながら立ち上がった。老人は恐怖に涙していた。その背中を、女はそっと撫でた。さよならも言わず、無言で背中を向け、そのまま立ち去ってゆく。

 

「誰なんだ、あいつらは?」

 

 ディーンが尋ねる。
 答えられず、カトリナはただ、立ち尽くしていた。

 

 

(お父さまは寂しい人だから、みんなで慰めるの)
(あの人は確かに、わたしたちを愛してくれているのだから)

 

 そしてキャシーも確かに、愛していた。
 あの屋敷で、カトリナだけが異端だった。キャシーを初め、沢山の姉妹たちは父を愛した。
 そしてそれは今も、変わらないのだ。なぜなら老人を支えるキャシーの腕には、いたわりがこもっていたから。

 

 

 

 

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