ネット小説 【雪細工】 第3章(2)

第3章【1】 ネット小説【雪細工】 第3章【3】

 

 ディーンは、カトリナを廃教会へ連れていき、長椅子に座らせた。

 

「ここにおまえを置いていけば、またおまえの仲間がが迎えに来るか?」

 

 カトリナは無言で俯いていた。指すら動かす気力が、どこにもない……。
 ディーンは息をついた。

 

「何で殺そうとした?」
「……あの二人は、いつから裏街にいるの」

 

 ディーンの問いには答えず、カトリナは尋ねた。ディーンは眉を寄せつつも、口を開く。

 

「1年前くらいだったかな。事業に失敗して、財産のすべてを借金のカタに取られたって話だ。裏街に来た時から、じいさんはボケが始まってた。娘はじいさんの面倒をよく見てたよ。物乞いしたり、日雇いの仕事をしたりして、その日をしのいでるようだ」
「詳しいね」
「まあ……ガキ共も、いろいろ教えてくれるしな」
「ディーンはあの二人のこと、親子だと思ってた?」
「いや。訳アリだろう、あれは」

 

 ディーンは肩をすくめる。

 

「おまえのほうがよく知ってるんじゃないのか。撃ち抜きたい程『親しい』間柄だ。……だが、許さない」

 

 カトリナが沈黙する。静かに、だが厳しく、ディーンは告げる。

 

「裏街での殺しは許さない。ガキどものケンカは大目に見る。けれど、殺しだけは駄目だ」
「ディーンは人を殺した事、あるの」
「ない。絶対に、やらない」

 

 きっぱりとした言い方に、カトリナは笑った。

 

「幸せだね。……人を憎んだこと、ないんだ」
「憎悪が殺意へ変わるのは、おまえが弱いからだ」
「ちがう。ディーンは知らないから言えるんだよ。あいつ――あの人は、優しい顔をしてわたしを引き取って、でもそれは、本当に優しかったからじゃなくて、娘だと思ってくれてたわけじゃなくて」

 

 震えが足先から這いのぼり、全身を支配した。

 

(わたしだけが、異端だった)
(みんな、受け入れていた)

 

 毎夜、くりかえされる、慰めの宴。
 だってお父さんは、『寂しいから』。
 孤児の娘たちは、――愛されたいから。

 

「でも、わたしは、嫌だった……!」

 

 雪の中、這ってでも。
 もう、あったかいシチューや、絹のドレスを、貰えなくても。

 

「逃げたかった、だから、逃げ出した、でもずっと怖かった、ずっと憎んでた、だって裏切られた!」

 

 慟哭が、朽ちた教会に響き渡る。

 

「全部嘘だった、裏切った。だからもう、戻らないのに、わたしはいつまで、あの時の夢を見ればいいの。終わらせたいの、もう嫌なの、全部消したい、全部消したい……!」
「カトリナ」

 

 気付いたら、ディーンに抱きしめられていた。
 揺るがない腕で、強く。

 

「きつい事言わせて、ごめんな」

 

 優しく髪を撫でてくれる。ディーンの声は深く、切なげで、彼の心もまた、悲しいのだと悟った。
 カトリナの傷ついた心を、正しく、分かってくれているのだと。

 

「ディーンは、優しいね」

 

 カトリナは、かすれた呟きを落とす。
 ある直感が、落ちた。

 

「誰にでも……そんなに優しいの?」

 

 ディーンは言葉につまる。やはり、そうだ。
 カトリナは目を閉じる。ディーンが熱を帯びた声音で、告げた。抱きしめられているから彼の目は見えないけれど、どのような色で自分を見つめているか、分かっていた。

 

「おまえのことが頭からずっと離れない。おまえが泣くのを見たくない。誰かを撃つとき、カトリナは絶対に泣いているだろう? だからこそ、止めたいんだ」

 

 ディーンの声は切なげで、抱きしめる腕には熱い力がこもる。

 

「カトリナを、放っておけない。……守りたいんだ」

 

 ……カトリナはやがて、くつくつと笑った。
 どれだけ自分のことを、純粋な女だと思っているのだろう。
 ただの被害者だと。
 義父に手篭めにされそうになった、可哀相な孤児だと、思っているのか。この男は。

 

「わたしはね、笑うよ」

 

 カトリナは言う。

 

「憎い人を殺す時、……笑っているよ」
「カトリナ……?」
「教えてあげる」

 

 カトリナは、笑う。
 そう。悪夢ではない。
 ――本当にあった、惨劇だ。

 

 

 

 

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