ネット小説 【雪細工】 第3章(3)

第3章【2】 ネット小説【雪細工】 終章

 

 雪に埋もれる牢獄から、逃げ出した。今夜しかないと思った。
 なぜなら、『知っていたから』。

 

    今から、火をつけに行く。
    これが最後。最後ダヨ。

 

 少年は、屋敷の下男だった。13を数えたばかりで、歳の近いカトリナとは仲がよかった。
 けれど少年は、異常だった。
 彼は火を、美しいと言った。
 最初は少量の雑草を燃やすだけだった。やがてそれはエスカレートしていき、鳥小屋、厩舎、敷地内の森にまで、彼は手を出した。れっきとした放火だ。本来警察沙汰になるはずだが、商売を営んでいた義父は、醜聞を嫌って調査を依頼しなかった。その代わり、警備員を倍にして24時間見回らせた。
 けれどそれは外部への警戒であって、内部は疎かだった。そのため、少年は自由だった。
 カトリナは何度も諌めたが、へらへら笑うだけで聞かなかった。少年は普段、穏やかで気の優しい少年だったから、父に言うのもはばかられた。怪我人が出ているわけではなかったし、友人の悪口を言いつけるような後ろめたさがあったからだ。

 

(カトリナは可愛いから、カトリナだけに教えてあげる)
(僕、花火が見たいんだ。だから、屋敷を燃やそうと思って)

 

 カトリナは止めなかった。チャンスだと思った。父の性癖を、身をもって知った、次の日だった。屋敷の外を見張る警備兵をかいくぐって、外へ出られるチャンスだ。
 少年の凶行を、だれにも知らせなかった。自分だけ、逃げ出した。
 赤く燃え盛る、宴の外へ。

 

 

 

 

 死人は出なかったと聞いた。少年は逮捕された、とも。
 今思えば、義父の没落は火事によるところが大きいのだろう。貴族然としながらも、もとは爵位を持たない成り上がりの商人だ。見下す貴族も、商売敵も多かった。お抱えの下男による犯行、醜聞は社交界に広がり、没落は早かった。

 

「逃げ出しながら、わたしは笑っていたよ」

 

 カトリナは言う。

 

「だれか死ぬかもしれないのに、ずっと、笑ってた。わたしはディーンが思ってるような子じゃない。あいつを殺して、後悔なんてしない」
「……自分に嘘をつくと、呑みこまれちまうぞ」

 

 ディーンの腕に、力がこもった。熱を帯びた腕だった。

 

「もうそんなふうに泣くのはやめろ。泣くなら、『本当の』思いで泣け」
「嘘なんて、ついてない」
「じゃあこの前の火事はなんだ? 自分の身もかえりみず、ピートをどうして助けに行った。それはおまえが、過去を悔やんでる証拠だ。自分の口先を信じるな」
「すごい翻訳だね。わたしには全然、理解できない」
「なら、教えてやる」

 

 ディーンの指が、カトリナの涙を拭う。
 凛とした紺色の双眸が見つめる。

 

「憎かったんじゃない。悲しかったんだ」

 

 息が止まった。

 

「義父に裏切られて、おまえは、心が千切れるほど、悲しかった。絶望した。すべてを失くしたと思い込んだ。喪失感を埋めるために、心の中で憎しみにすりかえた」

 

 優しかった父。
 包んでくれた。あたたかかった。すべてをゆだねて、安心しきって眠ることができた。
 あの、永遠に続くかと思われた、幼い日々。大切に作り上げた、ガラス細工。

 

「カトリナの中を埋め尽くすのは、行き場のない悲しみだ。それだけだ。憎しみなんて……どこにもない」

 

 ちがう、と反論したかった。でもできなかった。
 ディーンの眼差しが、カトリナの心を包んで、ゆっくりとほぐしてゆく。

 

「カトリナがもう、寂しい思いをしないように、オレがそばにいる。オレは絶対に……裏切らないから」

 

 凍えた雪が溶けていく。
 自分を守るために、塗り固めた、にせものの憎しみが。
 ぴくりと喉が、小さく動いた。
 そして嘘みたいに、すうと、何の抵抗もなく涙が零れた。さっきまでとは違う。全身が千切れるような痛みの末、絞り出た血液のようだったのに。
 止まらない。
 透明な感情が、あふれるように、頬を伝っていく。

 

「……ごめんなさい……」

 

 意識せず、言葉が零れた。
 自分はだれに謝っているのだろう。
 ディーンに? キャシーに? 屋敷の人達に?
 ……それとも、自分の嘘、へ。

 

「ごめんなさい……!」

 

 ディーンの胸にすがりつきながら、泣きじゃくった。
 何も言わずに抱きしめてくれる腕が、強く、支えてくれた。

 

 

 

 

第3章【2】 ネット小説【雪細工】 終章

 

 

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